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映画、コミック、本から、お薦めものをピックアップ!

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# 『血界戦線』と9.11の私的関係
JUGEMテーマ:漫画/アニメ


 1990年に公開された『ダイ・ハード2』には、テロリストにより飛行機が墜落させられるシーンがあります。このシーン、私は「まさか、まさか」と思いながら観ていました。まさか本当に大型旅客機を乗客乗員ごと地面に激突させ、炎上させるなんて、実際に目の当たりにするまで信じられなかったのです。
 ずっと上空で旋回待機させられ、燃料が尽きかけ、ようやく着陸できると安堵した乗客乗員たち。けれども仕組まれた管制指示により、地面がどんどん迫ってくるのをただ見ているしかなく、死の恐怖を味わいながら最期を迎えたのです。事故であったとしても、飛行機の墜落は凄絶に酷いものです。それが人の手で為されるさまが描かれるとは!
 たとえフィクションでも描いていいことと悪いことがあると思ってきた私にとって、『ダイ・ハード2』のあのシーンは「決してあってはならないこと」として、絶対に映像化されるべきではない、受け入れられないものでした。それも、そのシーンがただテロリストの非情さを表現し、マクレーンがテロリストをやっつけてもいい言い訳として置かれたことに、それまで映画人が守ってきた表現上のモラルの一線が越えられてしまったという、危機感を覚えたのでした。

 飛行機が人為的に墜落させられる。それが生理的な恐怖として心のなかに植え付けられてから11年。2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が起こりました。
 11日深夜、たまたまテレビをつけたら、ニューヨークの世界貿易センターのツインタワーに旅客機が衝突する模様が流れたのです。最初は、また悪趣味な映画の紹介映像かと思いました。まさか、本当に、現実に、こんなことを行なえる人間がこの世にいるとは思いもよらなかったからです。

 2000年から2001年に移る日、21世紀の幕開けの日、私はニューヨークにいました。夜はタイムズ・スクエアのニューイヤー・カウントダウンに参加するつもりで、その前に16時出航のサークル・クルーズの船上から年の瀬のマンハッタンを眺めていました。


2000年12月31日、世界貿易センタービルを中心としたワールドトレードセンター・コンプレックス(WTC)


 水上から見るロウアー・マンハッタンには、世界貿易センターのツインタワーを中心に、まさにレゴブロックで組まれたようなビル群が屹立していて、エンパイアステートビルやクライスラービル、トランプ・ビルなどに比べると「モデルハウスみたいなビルだな」と感じたことを覚えています。

 世界一を誇った超高層ビルに旅客機が突っ込み、その衝撃で煙を上げながら巨大な建物が崩壊していく。テレビの中の映像がほんの数時間前に起こった現実だと悟ったとき、フィクションにさえ恐怖と怒りを感じた事態に、さらに超高層故に逃げられず、炎に追われて飛び降りるしか選択できなかった人々の恐怖、あまりの理不尽への怒りが加わり、座っておられず、テレビの前をただウロウロと歩き回りました。その間、「世界の良心が守ってきたモラルの一線が越えられた。『これだけはしてはいけない』と歯止めをかけていた“人類の統一意識”のようなものが失われた。良き世界は終わった。この瞬間から世界は変わる」という思いが頭の中を駆け巡っていました。
 当時、マンハッタンに住む友人とニュージャージーからマンハッタンに通勤する友人がおり、ふたりの安否を気遣いながら、そして無事を聞いて安堵しながら、私の常識で理解できた世界の終わりと得体の知れない世界の始まりとを感じたのでした。


2005年5月、世界貿易センターのツインタワー跡地「グラウンド・ゼロ」


 『血界戦線』を読んだとき、「ああ、これは」と思いました。ここで描かれる「紐育(ニューヨーク)大崩落」、そして「再構成されたヘルサレムズ・ロット」こそ、私が9.11の前後に覚えた感覚そのものだ、と。
 ある日突然、常識を超えた“思考”が現世のニューヨークを崩落させ、常識を超えた“異界(ビヨンド)”が組み込まれ、常識を超えた“異界人”が隣人となります。異界人は、人類(ヒューマー)以上の力を持ち、罪の意識なく人類を傷つけ、屠ります。弱肉強食の理において、力で勝る彼らは捕食者、人類は被食者。異界人が人類の存在に配慮するなどありえないことでした。
 そんな状態から、人類は異界人とコンタクトを取り、「クライスラー・ガラドナ合意」で食人を禁止するなど、対話で生き延びる方法を模索します。
 その「合意」を無視して人類を襲う異界人や退屈しのぎに世間を騒がせたい愉快犯たる堕落王たちと戦うために結成されたのが、超人秘密結社「ライブラ」。もともと歴史の裏側で人類を襲う吸血鬼「血界の眷属」と戦ってきた、特殊な戦闘能力を備えた「牙狩り(ヴァンパイア・ハンター)」から成るライブラ(天秤)が、“世界の平和”ではなく、“世界の均衡”を守るために存在するというところが大いなるポイントだと思うわけです。
 平和というのは、相互理解と良心と善意と我慢と忍耐がなければ成立しない、理想的状況というより幻想的状況。それこそ仮想敵でも作って意識統一でもしないかぎり、たとえば一組織内でも平和状態を維持するのは困難です。もはや平和など望むべくもないこの世界で、それでも全世界的な戦争が始まらないようにするにはどうするか。国と国、組織と組織、思想と思想の均衡を図るしかない。
 均衡という言葉には、9.11後の世界が目指すしかない方向が、諦念を含ませて示されているように感じます。

 同時に、紐育大崩落から3年。異界人が隣を歩いていようと、頭上を飛んだり跨いだりしようと、街なかで騒ぎを起こそうと、共に暮らすことを選び、慣れてしまう人類の強かさ、それでも異界人を差別する狭量さとその異界人に簡単に殺されてしまう脆弱さが描かれているところが、『血界戦線』のテーマたる“day in, day out”(日常話)なんだな、と。

 さらに、ライブラのメンバーが血液を変質させた対「血界の眷属」仕様の人間兵器であり、流す血が武器になるというところに、敵を屠るには自身も血を流さなくてはならないという戦いの理が見え隠れして、そのあたりの正々堂々さが好きだったりします。

 SF伝奇アクションとして充分に面白い。吸血鬼や人狼などの伝説、クトゥルフ神話、菊地秀行の「魔界都市<新宿>」、アメコミヒーロー、古今東西のアクション映画やアメリカのTVドラマのノリなど知っていれば、細かいところで楽しめる。
 それに加えて、テレビ越しとはいえ目撃してしまった9.11のショックを引きずる私には、『血界戦線』はあのとき崩壊したままのなにかを、諦念を漂わせながらも痛快に蹴散らしてくれる、慕わしい作品なのです。


※ beyond= …を越えて、…の範囲を越えて

 
| comments(0) | trackbacks(0) | 23:25 | category: Comics |
# 現実の恐怖に限りなく近いファンタジー……「たんぽぽクレーター」シリーズ

 8月3日、「新文化」のサイトにて東京三世社の廃業のニュースを知り、意気消沈しています。アダルト雑誌の老舗として知られていますが、1978年から1995年ごろにかけてSFマンガを発掘・開拓し、良作を世に送り出してくれた出版社でもありました。
 「少年少女SFマンガ競作大全集」は購読していませんでしたが、派生であるハードカバーのコミック本「マイコミックス」シリーズは、何度かの転居にも手放すことなく、今でも読み返す宝物。山田ミネコの『雲中飛行(ジ・イン・クラウド)』『最終戦争』、佐々木淳子の『Who! 超幻想SF傑作集』、たらさわみちの『眠れる翼』、奥友志津子の『冬の惑星』、佐伯かよのの『闇からの呼び声』、柴田昌弘の『狼少女ラン』……。こうして並べると、SFマンガにハマる入り口だったなあと思い出されます。

 特に私の心のバイブルのひとつである筒井百々子の『ものまね鳥シンフォニー』全2巻と『小さき花や小さき花びら』、そして『空の上のアレン』全4巻を、ソフトカバーとはいえA5判で、カラーページ付きで上質な紙と印刷で発行してくれたことには、どんなに感謝しても足りません。この7冊は、本棚の中でも私のいちばん近く、日焼けしないところに大切に保管しています。


 『ものまね鳥シンフォニー』と『小さき花や小さき花びら』は「もうひとつのたんぽぽクレーター」シリーズと呼ばれる作品で、小学館の「プチフラワー」に連載された『たんぽぽクレーター』の前日譚です。
 『たんぽぽクレーター』は、エネルギーを原子力に頼る時代に放射能汚染で苦しむ人びと、特に子どもたちを月面につくられた総合医療都市「たんぽぽクレーター」に収容し、救おうと奮闘する人々の物語。地球の国際企業10社の協力により民間レベルで運営されているため、ときには地球では禁じられている治療を行なうことも。やがて、こんな言葉が囁かれるようになります。
 「たんぽぽクレーターに来れば、どんな子どもでも元気になれるよ」。

 それは、2007年秋のこと。軍事衛星の高出力レーザー兵器の実験が行われました。その影響により、地球の環境は激変し、擬似氷河期状態に陥ります。月から見る地球は、あの生命力に満ちた青い星の面影さえない、氷に覆われた白い星。氷点下数十度の地球からの連絡は途絶え、月で働く人びとは地球に残した家族や友人、そして故郷を失う恐怖にパニックに陥ります。
 地球からの物資輸送も絶え、困窮した人びとは、難病の子どもたちを多く抱える医療都市にも襲いかかります。原子炉が止まり、電力供給を失った「たんぽぽクレーター」が持ちこたえられるのは、わずか4時間。
 15歳で大学の医学課程を終え、「たんぽぽクレーター」のインターンとして働くジョイことジョイス・C・マクローフリンは、ひとりの子どもを犠牲にして、ほかの患者やスタッフを救うという決断を迫られ、葛藤します。
 子どもたちを救う立場である自分が、子どもを死なせる決断を迫られる。──そんなことが二度と起きないように。
 ジョイは廃棄された太陽光発電用車両を見つけ、原子炉の代わりに使えるよう、手作業で太陽電池パネルをつないでいきます。そこに不法投棄された放射性物質があるとも知らずに……。

 『ものまね鳥シンフォニー』は、この『たんぽぽクレーター』以前の「たんぽぽクレーター」建設中の物語です。
 楽器工場に偽装された軍の化学兵器工場から溢れ出した毒の風。その日、「ミュージックタウン」と呼ばれた、ジョージアのひとつの町が死に絶えました。夫と妊娠中の子どもを失ったキャロライン・マクローフリンは、ファージィ・ジェンキンスの招きでマックギルベリー月面研究所に収容されます。
 キャロラインとファージィは、PK(念動力)の制御法を教える教育機関で共に過ごした、姉弟のような関係。破壊傾向にある自分の念動力を持て余していたファージィは、自分と同じくらいハイパワーの念動力者に制御を教わるため、研究所に滞在していたのでした。
 キャロラインはそこで「たんぽぽクレーター」の院長マックギルベリーと捨て子のジョイ、そして念動力を駆使してたったひとりで「たんぽぽクレーター」を建設している、超能力者でサイボーグのハインリヒ・ハイ・ファイに出会います。

 夫の実家が軍関係者であるために、被害者として訴訟に関わることを拒否し、月の上で沈黙するキャロライン。しかし、ファイ・ハイの助力で念動力を制御できるようになったファージィが、否定するばかりだった自分の力をようやく「いいもの」と受けとめ、今では「たんぽぽクレーター」の建設を手伝っている、その生き生きとした表情や、ファージィという手伝いができて楽になったというハイ・ファイの言葉から、自分にもできることがあるのでは、と手探りをはじめます。
 毒ガスの後遺症で両手が動かないものの、精密動作を得意とする念動力者である彼女は、研究所の掃除・洗濯・料理といった家事から、「たんぽぽクレーター」内の施設の内装工事まで一手に引き受け、大活躍! やがてジョイが聴覚器官をもたない聾唖者であること、またハイ・ファイのサイボーグの耳が雑音ばかりが聞こえる難聴状態であることを知り、キャロラインはふたりに音楽を聞かせたいと願うようになります。
 動かない手に代わる念動力による音楽。それは人の動きをトレースしただけの、ものまね鳥の歌のようなものかもしれない。音楽とは認められないものかもしれない。でも、安らぎを楽しさを喜びをもたらす音楽を届けたい人がいるから、楽器を演奏したい。
 キャロラインの念動力が生み出す音は、聴覚器官をもたない耳にも聞こえ、月の真空にも伝わる、直接に人びとの心に響くクリアでピュアでシュアな「なにか」でした。ヴァイオリンひとつから弦楽四重奏、室内管弦楽、そして大編成オーケストラへ。キャロラインの音楽は月どころか、地球にまで響くようになります。
 最初はジョイとハイ・ファイのためだった。でも今はあの失われた街、自分を守って亡くなった夫、そしてその悲しみを抱えて沈黙するしかなかった自分のために……。ようやく過去を受け入れ、未来を見ることができるようになった彼女は、ジョイに言います。「あなたのお母さんになれるかしら」。

 『小さき花や小さき花びら』は、キャロラインの息子となったジョイが成長し、インターンとして「たんぽぽクレーター」にやってくるところから始まります。
 なぜ「たんぽぽクレーター」に子どもが多いのか。それは、1999年にニューヨークで起こったミニ水爆の誤爆事故で、放射能を浴びながら命を賭して子どもたちを助けた旧友の遺言があったから。「ニューヨークっ子を、あなたは見捨てないでください」。満地球の美しい夜、マックギルベリー院長はその青と同じ青い目をしたサイボーグのことを思い出します。
 しかしながら、思うように動かないのが子ども。8人兄弟の養親を探そうにも、全員いっしょというのは難しく、しかし子どもたちは離れ離れはイヤだと反抗的。悪ガキどものボスは、なぜかネコをいじめてばかり。拳を握りしめたまま、動くことも話すこともしない少女。熱湯を浴びせられ、皮膚移植が完了した少女の、親の虐待を問う裁判。爆破テロで足を失った少年のリハビリ。
 さらに、娘を病気で失い、寄付を打ち切ると言ってきた出資者。子どもを暴力でしつけようとする新入り医師。
 どれもこれもが難問で、到着するはずのインターン、なつかしのジョイは行方不明。マックギルベリーは、満地球に旧友の約束を思います。──いつかあなたの時間が動かなくなったとき、(私の残留思念で)動かしてあげます。「なにも動かないということは、まだまいっていないということなのだろう」。
 忙しい日々のなか、見落とし、見失い、気づかずにいることがたくさん。いつしか「気づき」の心を失っていたことに気づいたとき、やさしい残留思念の波がマックギルベリーに見せたものは……。

 『空の上のアレン』は、より以前の物語。飛行能力をもつ超能力者アレンの、超音速への挑戦が描かれます。
 筒井氏の真骨頂、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての軍用機が次々に登場するのが楽しい作品。夜空に道を失ったアレンを、リンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号からライト兄弟のライトフライヤー号、果てはイカロスに至るまで、飛行を目指した者たちが導くさまに感動!
 その裏では、北方のノルランド国の政変がらみの陰謀が進行。ハイ・ファイがサイボーグになった理由やマックギルベリーとの出会い、そしてアメリカ海軍の航空母艦、原子力空母エンタープレイズがマックギルベリー月面研究所として月に上がった経緯などがわかったり……。
 「ハイ・ファイ年代記(クロニクル)」として見ると、『小さき花や小さき花びら』と時間的なパラドックスがあるけれど、気にしない。いわゆる、ひとつの平行宇宙?(笑)


 一連の作品のメインキャラクターのひとり、ハインリヒ・ハイ・ファイと、アメリカのTVドラマ『Beauty & The Beast(美女と野獣)』のヴィンセント。このふたりのおかげで、シェイクスピアやブラウニング、ブレイク、ワーズワース、リルケ、カミングスなどの詩に興味をもったのでした。

 Ye that pipe and ye that play,
 Ye that through your hearts to-day
 Feel the gladness of the May!
 What though the radiance which was once so bright
 Be now for ever taken from my sight,
 Though nothing can bring back the hour
 Of splendour in the grass, of glory in the flower;
 We will grieve not, rather find
 Strength in what remains behind;

 「笛吹くものよ、戯(たわむ)るるものよ
  今日、5月のよろこびを
  全身に感ずるものよ
  かつて輝やかしかりしもの
  今やわが眼より永(とこし)えに消え失せたりとも
  はた、草には光輝、花には栄光ある
  時代を取り返すこと能(あた)わずとても何かせん
  われら悲しまず、寧(むし)ろ
  後に残れるものに力を見出さん」

William Wordsworth(「536. Ode Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋)

 『小さき花や小さき花びら』の第一章でいちばん印象的なシーンの背景に綴られたワーズワースの詩。『Beauty & The Beast』でも、ヴィンセントが低く響く青銅の声で口ずさみます。
 筒井作品には魅力的なキャラクターが多々登場しますが、この詩を聞くと涙がにじむくらい、ハイ・ファイのことが好きでした(いや、今でも好きですが!)。


 月面クレーターにつくられた総合医療都市というSFな設定。毒気のない、かわいらしく、ファンタジーめいた容姿のキャラクターたち。アメリカ文学に多大に影響を受けたと思われる、ネーミングやエピソードの数々。
 やわらかい印象の画稿に描かれる事象は、しかし「いつか起こりそうな」現実の恐怖。そこから生まれる悲劇や感情の迸りもまた、いつか私たちが遭遇しそうなことに感じます。
 「地球崩壊の予言書」めいた恐さと追い詰められたキャラクターたちの感情のリアルさと、それをやわらかくオブラートに包んでしまう絵柄と子どもたちに託された未来を感じる明るさ。これらが不思議に混ざり合って感動をつくりあげているところが、筒井作品のたまらない魅力です。


 「もうひとつのたんぽぽクレーター」シリーズと『空の上のアレン』が掲載された「クレッセント」はほぼ毎号買ってました。『空の上のアレン』の連載が終わってからは買わなくなったのですが、おかげで単行本にならなかった「ヴェルスタソナタ」を逃してるんですよね。ううむ、悔しい。

 ファンタジー系の「ネオファンタジーCREW(クルー)」も一時期購入してました。私のマンガ歴、東京三世社の存在が大きすぎる!
 なんという寂寥感。夏真っ盛りに、心に冷たい隙間風が吹いています……。


「新文化」ニュースフラッシュ
http://www.shinbunka.co.jp/news2010/08/100803-01.htm



JUGEMテーマ:漫画/アニメ
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# 夏の星座のもとで読む……マンガ版『銀河鉄道の夜』
 
 7月1日、集英社から「マンガで読む文豪作品」というキャッチフレーズで文庫本サイズの「MANGA BUNGOシリーズ」が創刊されました。日本の近代文学をマンガ化した書籍はすでにいくつか存在しますが、このシリーズがすごいのは、すべて描き下しマンガで7月、8月、9月、10月と毎月10冊ずつ一挙に刊行されること。
 たとえば7月1日に発売された第1弾は、太宰治の『人間失格』(マンガ:伊藤チカ)、『走れメロス・富嶽百景』(マンガ:高芝昌子・井沢まさみ)、野坂昭如の『火垂るの墓』(マンガ:三堂司)、林芙美子の『放浪記』(マンガ:三原陽子)、森鴎外の『舞姫』(マンガ:藤丞めぐる)、夏目漱石の『こころ』(マンガ:吉崎凪)、『坊ちゃん』(マンガ:大倉かおり)、芥川龍之介の『藪の中・羅生門』(マンガ:坂本久作)、『地獄変』(マンガ:未浩)、そして宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(マンガ:北原文野)。まさに「この文豪ならこの作品!」のラインナップです。

 2007年、『人間失格』の文庫本の表紙イラストを『DEATH NOTE』の漫画家・小畑健が描き下ろして大ヒット! 2008年には『こころ』『地獄変』を再びの小畑健、『伊豆の踊子』を『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦、『汚れちまつた悲しみに……(中原中也詩集)』を『テガミバチ』の浅田弘幸が描き下し。さらに去年には『地獄変』『堕落論』を『BLEACH』の久保帯人、『走れメロス』を『テニスの王子様』の許斐剛が手がけました。
 人呼んで「お固い文学作品の表紙イラストを『ジャンプ』の人気漫画家が描いたら売れちゃったシリーズ」。今年の「集英社ナツイチ2010」では、『銀河鉄道の夜』『汚れちまつた悲しみに……』(新装版)を浅田弘幸、『たけくらべ』を『いちご100%』の河下水希、『シャーロック・ホームズ傑作選』を『D.Gray-man』の星野桂、『十五少年漂流記』を『ZETMAN』の桂正和が描き下ろしています。

 文学作品とマンガとの親和性を見せつけてくれた集英社から、いずれ文豪の諸作品のマンガ版が発売されることは想像に難くなく、今回の発売は満を持してというところでしょうか。

 その「MANGA BUNGOシリーズ」から宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読みました。マンガを担当するのは、『夢の果て』『瞳に映るは銀の月』など、虐げられる超能力者を主人公にした「Pシリーズ」を代表作にもつ北原文野です。
 実は、この作品を読むまでにかなりの葛藤がありました。
 まず、私は小説のマンガ化作品は基本的に読みません。漫画家が原作に殊更に思い入れてマンガ化したものでないかぎり、特にこういう「日本文学の紹介」といったスタンスのマンガ化は、単なる小説のダイジェストになりがちで、小説のよさが伝わらないまま筋書きだけわかってしまうという中途半端なものに感じるからです。
 また、『銀河鉄道の夜』は私の聖域のひとつで、イメージが固定化されてしまうような画像・映像はできるだけ目に入れたくないと思ってきました。特にジョバンニとカムパネルラについては、挿絵にもその姿を描いてほしくないほど。私の頭のなかでも、この二人は容姿をもたない、影のような存在なのです。
 さらに、1985年に公開された劇場版アニメ『銀河鉄道の夜』が私にとって「神アニメ」で、ジョバンニたちの住む町や郊外の景色、ケンタウル祭のようす、銀河鉄道の窓外に現れては消える風景……ジョバンニとカムパネルラ以外のイメージは、すべてこのアニメ映画に描かれたヴィジュアルに拠っています。だから、アニメの映像から離れた絵を見ると、間違いなくマイナス方面に違和感を覚えるだろうなという予感がありました。

 では、なぜ北原文野版『銀河鉄道の夜』を手に取ったか。それは、内向的な少年の感情や行動の描写と「せつなさ」の表情表現に魅力があり、繊細な線で描かれる西欧風の風景が独特の世界観をつくりあげている北原氏のマンガと『銀河鉄道の夜』が融合したら、どんな「絵」になるのか、興味があったからです。
 不安半分、好奇心半分でコンパクトな文庫サイズの本を開き……うん、普通におもしろかった。

 いちばん不安だったジョバンニとカムパネルラの容姿は、「ああ、こんな感じかもしれないな」という納得の造形。北原氏の描線の繊細さが幸いして、押しつけがましさがないところがいいです。マンガを読んでいる間は二人はこの姿だけれども、原作小説を読むときにはまた影の存在に戻ってくれるのが、私にはたいへんありがたい。
 街なかの建物は西欧風、郊外の景色は岩手の農場を彷彿させる背景の設定もほどよく現実感があって、自然に物語世界に入ることができました。
 銀河鉄道に乗ってからの窓外の風景も「現実にありそうな風景」から乖離することなく、そこが北原版『銀河鉄道の夜』の「いいところ」なのかなと思います。原作小説を知っている者から見ると、幻想世界であるはずの銀河の風景が現実的に描かれていることに物足りなさを感じるのですが、初めて『銀河鉄道の夜』に触れる人にとっては、日常から逸脱した風景が展開されるのも戸惑いの元になるでしょう。
 むしろ、現実世界の風景も、銀河鉄道に乗ってからの風景も、同じタッチ、同じ視点、同じ次元で描かれているところが、北原版『銀河鉄道の夜』の特長と言えるかもしれません。

 ただ、やはり原作小説のダイジェストになっているところは、仕方がないとはいえ、少々残念なところ。ページ数に限りがあって原作小説のすべてを描くことは、しょせん不可能。であるならば、もう少しジョバンニとカムパネルラの、二人の心の動きに焦点を当てて構成してもよかったかも。
 二人の父親が友人同士だったこともあって、小さい頃から仲が良かったジョバンニとカムパネルラ。しかし、北の海に漁に出たまま消息を絶った父親の代わりに、朝も放課後も働いて家計を助けるジョバンニは遊ぶ暇がなく、父親が密漁で捕まったという噂もあって級友たちと疎遠になります。クラスでただひとりジョバンニを気づかってくれるカムパネルラも、遊ぶのは級友たちといっしょ。放課後、バイト先の印刷所へ急ぎながら、ジョバンニはカムパネルラを級友たちに取られてしまったような、寂しさに心を痛めます。
 だからこそ、銀河鉄道でカムパネルラと再会し、二人だけで旅ができると知ったとき、ジョバンニは飛び上がるほどうれしかったんですね。ずっと願っていたカムパネルラと友だちとして語らえる時間を邪魔されたくなかったから、隣りに座ってきた鳥捕りをうっとおしく思い、途中から乗ってきた女の子と仲良く話すカムパネルラに拗ねてしまいます。
 一方、カムパネルラはたぶん最初はジョバンニも自分と同じような事情で銀河鉄道に乗り、同じところまで行くと思っていたでしょう。でも検札でジョバンニの切符が自分とは違うもので、「どこまででも行ける」通行券と知り、そこでおそらくジョバンニと自分の間の齟齬を感じます。
 「カムパネルラとどこまでも行く」。それがかなわないかもしれないという不安を小さく抱えつつも、二人でいられる喜びに胸いっぱいのジョバンニ。
 「別れるべきところで、自分たちは別れなければならない。もはや同じ道をどこまでも行くことはできない」。結局、死という闇へはひとりで行くしかないのだと覚悟を決めたカムパネルラ。
 この二人が銀河鉄道に乗り合わせたのは、健気なジョバンニへの贈り物だったのか、それとも自分を犠牲にして人を救ったカムパネルラへの慰めと救済だったのか。

 そこから紐解いていけば、深く描かなければならないシーン、1コマで終わらせてもいいシーンの取捨選択ができて、物語がぐっと身近なものになったのではないか、と、これはシロウト考えでしょうか。
 鳥捕りを、なぜジョバンニもカムパネルラも邪魔に思ってしまったのか。なぜカムパネルラが女の子と親しく話したのか。なぜそれを見たジョバンニが哀しくなってしまったのか。そして、なぜジョバンニの「どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのサソリのように、ほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」という言葉を聞いて、カムパネルラが涙を浮かべたのか。
 一本の線でつながりそうなところが微妙にぼけてしまっていて、「ああ、もう一歩踏み込んでほしい〜」なんてちょっともだもだしてしまいました。

 あと、やはり灯台守は年老いていてほしかった。あの「なにがしあわせかわからないです」のセリフは、年齢を重ねた人が言ってこそ説得力があると思います。というか、銀河鉄道にはもっと年寄りが乗ってないと!(笑)
 それと、船が沈むときとカササギの森から聞こえてくる合唱の「讃美歌三〇六番」(讃美歌三二〇番)は、歌詞を出してもよかったのでは……。
 「主よ、みもとに 近づかん
  登る道は 十字架に
  ありともなど 悲しむべき
  主よ、みもとに 近づかん」
 この讃美歌があってこそ、灯台守の「峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」の言葉が生きてくると思うんですけどね。

 と、まあ、こんなふうに、『銀河鉄道の夜』は、個人的な思い入れや解釈をもっている方がたくさんいる作品です。ディープでマニアックなファンが多いと言ってもいいでしょうか。ですから、北原氏が『銀河鉄道の夜』をマンガ化すると知ったとき、「うわあ、またいちばん難しい作品を……」となぜか私が頭を抱えてしまった次第。でも、完成したマンガ版を見れば、原作に忠実に、ひじょうにニュートラルな見地から描かれていて、初めて読む方に向けてなら、このかたちが最上だったかもと思えます。

 原作小説を知っている方も、知らない方も、白鳥座、鷲座、琴座が真白き「夏の大三角」を描き、蠍座の赤い星アンタレスがひときわ美しく輝く夜空のもと、ほんわかせつない北原文野版『銀河鉄道の夜』を読まれてみてはいかがでしょう。


「『マンガで読む文豪作品』ホーム社MANGA BUNGOシリーズ」サイト
http://www.shueisha.co.jp/home-sha/manga/bungo/index2.html

第一弾10冊(7月1日発売)リスト
http://www.shueisha.co.jp/home-sha/manga/bungo/bungo.html

集英社文庫「世界をめくろう。 ナツイチ2010」サイト
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/



JUGEMテーマ:読書
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# 世界に「こころ」を届ける12歳の郵便配達員……『テガミバチ』

  偶然、先月末に浅田弘幸のマンガ『テガミバチ』(集英社/ジャンプ・コミックス)を読んでいたので、このたび私が出した小包が遭遇した「ゆうパック」の遅配との妙な符合に苦笑してしまいました。

 2007年11月に創刊した「ジャンプスクエア 2007年12月号」で見たときから気になっていたマンガ。コミックのカバーイラストが独特のブルー系でまとめられていて、雰囲気があってとても美しいのですv


 一日中沈むことのない「人工太陽」に照らされたアンバーグラウンド国。人工太陽の直下にある首都「アカツキ」は、女帝を中心に、政府に選ばれたごく少数の特権階級が住まう地だった。アカツキと大河を隔てた外周にある「ユウサリ」は、人工太陽の光がぎりぎり届く黄昏の地で、中産階級が住んでいる。さらに大河を隔てた外周にある「ヨダカ」は、内側から外側に向かうにつれ闇が深くなる夜の地で、下等階級の人々が貧しく暮らしていた。
 これら三つのエリアはそれぞれの大河に一本だけかかる橋で結ばれていたが、それを渡るには政府発行の「通行許可証」が必要だった。通行証は政府に貢献することでしか入手できず、特にユウサリからアカツキへの「首都通行証」はひと握りの選ばれた者にしか許されなかった。

 黄昏の地ユウサリも、夜闇の地ヨダカも、町や村、集落はそれぞれが山脈や砂漠、荒野に隔てられて点在する。人が住まないところの多くには、鎧虫(ガイチュウ)という、人の「こころ」をエサにする、剣も銃弾も利かない生物が巣食っている。離れたところに住む人々の往来は困難で、ましてやエリアを越えて行き来することは不可能に近かった。そこで利用されたのが、郵便である。
 ユウサリの中央市(ユウサリ・セントラル)にある郵便館「BEE-HIVE(ハチノス)」に所属するのは、アンバーグラウンド国家公務郵便配達員「BEE」。通称、テガミバチ。マニュアルに曰く、「首都をのぞいたこの国の町から町へ旅をし、どんな危険すらいとわず、国民の大切な『テガミ』をお届けする。それこそが、テガミバチの仕事なのです」。


 ヨダカの町レングスのはずれ、コーザ・ベルに母とふたりで暮らしていた7歳のラグ・シーイングは、ある日、「悪いやつら」に襲撃され、家を燃やされ、母をアカツキに連れ去られる。ひとり荒野に残されたラグには、何者かにより切手貼付済みの配達用紙が貼られていた。彼は、テガミバチのゴーシュ・スエードに集荷され、「テガミ」としてヨダカ南端の港町キャンベル・リートゥスに運ばれることに……。

 18歳のゴーシュはテガミバチのエースで、実績と技能を評価され、この配達が終われば、アカツキへの栄転が待っていた。ラグは、母を奪われ、家を失い、知り合いの元とはいえ見知らぬ町に連れて行かれる恐怖と怒りと不安でいっぱいいっぱいになっていたが、ゴーシュは「『テガミ』の内容をテガミバチが盗み見するわけにはいきません」と言い、「(キミ自身のことなど)知ったことではないのです」と突き放す。
 ゴーシュの徹底したビジネスライクでドライな言動に反発しながらも、鎧虫に襲われたときの冷静な対処や、テガミバチへの疑問に真面目に答えてくれる誠実な態度に、少しずつ信頼を寄せていくラグ。テガミバチの使う、自らの「こころ」の欠片を武器とする心弾銃の作用により、ゴーシュの妹や幼なじみの姿を垣間見てからは、親しみも感じるようになる。ゴーシュもまた、ラグが引き起こした心弾銃の暴発によって彼と母親の身に起こったことを知り、「こころ」を揺らされる。

 十日間の旅は順調に進み、明日はキャンベル・リートゥスに到着するという日。母を取り戻すためにアカツキへ連れて行ってほしいとせがむラグを、ゴーシュは拒絶する。ラグを目的地に届けるのが仕事のすべて。ラグの事情は自分には関係がなく、友人となって力を貸すことなどできないと言い放つ彼に失望したラグは、心弾銃を盗み、ひとり白い砂漠を行く。足下の砂が崩れたとき、ラグはアリジゴクのような鎧虫の巣の中にいた。
 ラグ目がけて鎧虫がくり出した角は、駆けつけて彼を庇ったゴーシュを傷つける。重傷を負いながらも、諦めることなくアリジゴクのすり鉢から活路を見出そうとするゴーシュ。
 「命をかけてきみを必ずキャンベルに届けます…!! それがテガミバチの仕事ですから…!!」。
 ずっと反発を覚えてきた「仕事」という言葉の重みをようやく理解するラグ。泣きながら放った心弾は、鎧虫を粉々に吹き飛ばした。

 意識を無くしたゴーシュを肩にかつぎ、引きずって、数十キール(距離の単位)。ラグはやっとの思いでキャンベル・リートゥスに到着する……。
 いよいよ別れというとき、ゴーシュはラグがいちばん欲しかったものをくれた。「友達」という言葉を。「もう…配達は終わったんだよ、ラグ…」「キミはもう『テガミ』ではなく一人前の男だよ…ラグ・シーイング」。

 5年後。国家公務員の一次審査にパスし、国家公務郵便館員の面接審査を受けるため、ヨダカからユウサリに向かうラグの姿があった。
 目標は、すべての人の「会いたくても会えない人」への「こころ」、すなわち「テガミ」を、どんなに困難な条件のもと、状況のもとでも届けることを目指した、ゴーシュのようなテガミバチになること。そして、いつかアカツキに渡り、ゴーシュと母に再会する。それだけを胸にユウサリ・セントラルに到着したラグを待っていたのは、過酷な事実だった。4年半前、アカツキで勤務していたゴーシュは「こころ」を失い、「BEE」を解雇され、行方不明になっていたのだ。
 テガミバチとして世界中を旅し、ゴーシュを見つける。「こころ」を失っているなら、取り戻してみせる。──新たな決意を固め、新米テガミバチの配達行が始まった。


 以上のあらすじは1・2巻のもの。10巻を重ねた今、物語はかなり核心に近づいてきました。
 ラグについては、女帝に似ている母親のこと、「瞬きの日」生まれであること、左目が精霊琥珀の義眼であること、自身の持ち得ない記憶の風景をもっていることなど、「人工太陽」との接点をさまざま感じるのですが、「太陽神」の名をもつ子なのでそんなに心配していません。
 さて、人工太陽に代わるエネルギー源として、太古に存在した「大地のエネルギーを宿した精霊虫」を人工でつくろうと、政府が行なったと噂される「人工精霊計画」。計画では、ヨダカやユウサリからアカツキに呼び寄せられた人間がさまざまな生物と融合され、ことごとく失敗作として廃棄されたと囁かれています。かろうじて生き残った実験体たちは「精霊になれなかった者」と称し、反政府組織「リバース」を結成。格差社会の象徴である「人工太陽」の消滅と「闇」のなかでの世界の再生を画策します。
 ゴーシュの相棒(ディンゴ)のロダは、もとはイヌに似た生き物でした。彼女は「人工精霊計画」によって少女の姿となり、過去の記憶を失ったまま、「リバース」のロレンスの命令でノワールのディンゴになります。
 「精霊になれなかった者」を名乗り、「リバース」の重要人物らしいロレンスが、瀕死の状態で「こころ」も記憶も失ったゴーシュにかけた言葉が「『光』から生還した、たった一人の人間」。ロダも「彼は世界を救うために必要な人」なんて言ってます。
 ついでに、ラグの左目に定着している精霊琥珀のように、本来の「こころ」を失っても心弾銃が使えるゴーシュのように、アルビス種は精霊と相性がいいらしい。……などなどキーワードを拾っていくと、「黒(ノワール)」の別名をもつゴーシュの先行きはまさに真っ暗としか思えない。ラグ、なんとかしてください……。
 「毒なしの物語で」という作者の言葉を信じたいところです(表向きはさまざまな人に「こころ」を届けるほのぼのした物語で進行してるけど、裏はけっこう毒が含まれているので、かなり不安)。


 この『テガミバチ』、2009年10月3日〜2010年3月27日にアニメ作品が放送されました。現在もテレビ東京で毎週木曜深夜3:40〜再放送中、キッズステーションでも放送中です。特に前半の原作にあるストーリーの話数はとてもいいできだと思います。アニメとして面白いv
 10月より第2期が放送予定です。第1期がコミック第5巻までだったので、第2期はラグ&「ハチノス」VSノワール&「リバース」のストーリーになりそうですね。
 個人的に「カベルネ」がアニメ化されるとどんな色になるのか見てみたい。幼虫時代、ノワールの心弾におびき出されるようすがかわいいのです。成虫になってからは恐怖の権化ですが、色が気になるのですよ。かわいい水色とかだったらどうしよう……。オニヤンマやキンヤンマよりギンヤンマが好きv
 原作コミックもアニメ第2期も楽しみな作品です。


「ジャンプスクエアSQ.『テガミバチ』」サイト
http://jumpsq.shueisha.co.jp/contents/t_bachi/index.html


「テレビ東京・あにてれ『テガミバチ』」サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/tegamibachi/


「テガミバチ」公式サイト
http://www.tegamibachi.com/



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# ふりむけば、本がいる。……『ねこめ〜わく』

 19日から三日がかりで部屋の大掃除をしました。床に積みあげた本を崩しながら、ダンボール箱に押し込んでいた本を要不要に分別しながら、思ったこと……「今ならヘンリヒの気持ちがわかる気がする」。

 ヘンリヒ・マイヤーは竹本泉のマンガ『ねこめ〜わく』(宙出版・朝日新聞出版)に登場するキャラクター。宇宙軍のテストパイロットで、亜光速宇宙船の試験飛行に出発したら、航宙中にウラシマ効果で5千年が経過。故郷の惑星に帰還してみれば、人間たちは進化させた猫たちを残してどこかへ去ってしまったあとだったという、なんと言っていいかわからないくらい不幸体質な青年です。
 二本足で立ち歩き、人間の言葉を理解して話せる猫たちにとって、自分たちを進化させた人間は神にも等しい存在。四足歩行でニャーニャー鳴く地球の猫を「原猫(げんねこ)」と呼び、自分たちはできるだけ人間に近づこうと、人間の「遺跡」である国立国会図書館に保管されていた書物を研究、その文明を忠実に再現しようとしていました。そこへ当の人間の出現です。猫たちは人間の生活を教わりたいと、ヘンリヒにまとわりつくのでした。
 ところが、ヘンリヒは小動物が苦手なうえに猫アレルギー。ふわふわ飛ぶ猫の毛にくしゃみが止まりません。人間は自分ただひとり。猫だらけの故郷は地獄に等しく、彼は国立国会図書館に引きこもり、猫たちに「立ち入り禁止」を言い渡します。
 人間の研究ができず困った猫たちは、魔術で異次元の惑星・地球から女子高生の村上百合子を召喚。図書館を開放するようヘンリヒを説得してほしいと頼みます。ひねくれ者のヘンリヒの言動に腹を立てながらも、百合子は彼と猫たちとの架け橋を務めることに……。
 猫の世界の猫たちは、地球における19世紀末風の洋服を着こなし、偉そげなことも言いますが、しょせんは猫。こたつを見ると入りたくなるし、驚くと目がまん丸になるし、お祭り騒ぎをしたあとは先祖返りをして猫そのものになってしまう。そんな猫たちにツッコミ入れまくりの百合子とヘンリヒのコンビには、ちょっぴり甘酸っぱいものもあったり。
 ユルいんだけど、そこここ本格SFな『ねこめ〜わく』。朝日新聞出版より6巻まで刊行されています。忘れたころにぽろっと新刊が出るところも、ユルくていい……かも。

 2000年にデータム・ポリスターから発売されたドラマCD『音盤ねこめ〜わく』にはオリジナルドラマ5話分(百合子の声は平松晶子、ヘンリヒは塩沢兼人)と百合子、ヘンリヒ、シマシマ(職業・弁護士の縞猫)、クロフ(株式仲買人の黒猫)それぞれのイメージソングが収録されています。そのなかで、森本公三が歌うヘンリヒの歌「ふりむけば猫」に、こんなフレーズがあります。

 「ふりむけば猫 みわたせば猫
  前も後ろも 左も右も ぐるっと360度
  十字路の街角 喫茶店の裏
  ふりむけば猫がいる」
 (作詞/竹本泉 作曲・編曲・歌/森本公三)

 「いい声でなにを歌ってはるんですか」という感じなんですが(笑)。

 今回、掃除をしていてですね。ダンボール箱に入れるものは入れて、不要なものから順に積み上げて。本棚もシリーズごとにまとめて、美しく収まったとホッとして。そんなときですよ。まとめた紙ゴミを退けてみたら、下から本が! フロアテーブルを動かしてみたら、陰から本が! 仕事机の上を見たら、一時避難的に置いておいた本が! 視線を向ける先から本が出てくる。手を伸ばす先から本が出てくる。もうどんだけ本、本、本やという。
 積み上げたダンボール箱をまた下ろして、下方の箱に入れ場所を見つけたり。美しくまとめた本棚の本をまたあっちこっちと動かして、置き場所を確保したり。……これだけ本に苦労するということは、前世でなにか因果因縁があったに違いない。焚書でもしましたかね。
 思えば、このマンションに決めたのも、鉄筋コンクリート建てで多少のことでは床が抜けそうになかったから、というのが理由ですしね。本に振り回される人生というのはちょっとイヤかも、と思い始めたこのごろ。でもやっぱり買っちゃうんだろうけどさ。


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# 紫陽花の青が鮮やかな日に懐かしい顔に再会……『天を見つめて地の底で』

  昨日、書店に寄ったら、マンガ雑誌コーナーに平積みにされていた雑誌にとても懐かしいキャラクターを発見! 高橋美由紀の『天を見つめて地の底で』の聖さんではないですか!! 表紙の煽り文句は「あの伝説の作品が、新シリーズで奇跡の復活!」。ええええーっ!? というわけで、「ミステリーボニータ 7月号」(秋田書店)を持って即行レジへ。
 コミック最終巻の18巻が出たのが2000(平成12)年だから、もう10年も前ですか。『天・地』は相思相愛の天使と人間が、その想いの深さゆえにすれ違いにすれ違いを重ねる物語です。

 天使は、はるか昔、親友のルシフェルに唆され、神に弓を引き、天界から堕とされた堕天使。その後、魔王となったルシフェルの元から逃れた天使は、いつか許されて「天の扉」が開き、天界へ帰ることを唯一の望みとして、人間界を放浪します。人間の歴史に寄り添うような悠久の旅のなか、知り合った人間のひとりから「本條聖」と名付けられ、以後、そう名乗るように。
 ルシフェルは、自分に匹敵する力をもつ聖が敵となるのを恐れ(聖への複雑な思いもあり)、人間界に魔物を送り込んで地底(魔界)へ連れ戻そうとします。ま た、突然に人間界と魔界を隔てる魔道が開いて魔物が襲来することもあり、聖の旅は常に緊張と戦闘を強いられるものでした。
 そんなあるとき、魔道が開いた高校に女子高生として入り込んだ聖は、同級生の麻宮洋に正体を知られてしまいます。男でも女でもなく、天使の羽と魔物の角をもつ聖。魔物に襲われた人間に哀れみをかけるどころか、むしろ自分を害した人間を囮にして魔物を倒そうとする聖。敵と見なした者は魔物でも人間でも容赦はしない。人間ではなく、聖でも魔でもないその正体を目の当たりにして、なお聖を気づかう洋。長い長い旅路のなかで、聖の真の姿を知っても変わらなかったのはたったひとり、洋だけ。
 その地を去るとき、自分に関わった人間の自分に関する記憶をすべて消去するのが、聖の常。しかし洋の記憶だけは消すことができませんでした。
 ──天使の力は愛する者には効かない。
 洋が自分にとって特別な存在になってしまったことに気づく聖。それはルシフェルの知るところとなり、魔王は「洋が生き続けるかぎり、この国に雨は降らない。それを止めたければ、魔界へ戻れ」と聖に迫ります。未曾有の干ばつに、危機に瀕する日本。
 聖を魔界へ堕としたくない、日本を滅ぼしたくもない。洋にできる選択はたったひとつ。
 洋を失いたくはない、魔界へ堕ちたくもない。聖が選んだのは相討ち覚悟のルシフェルとの決闘。そのとき、乾いた大地に雨が降り出します。
 恵みの雨が降りしきるなか、空に開いた「天の扉」に聖が願ったこと。それは……。

 天の力により聖の記憶を失ったはずの洋。しかし彼は、街なかですれ違った聖の姿に振り返り、そして姿を消すのでした。
 天使と人間、ふたりの旅は続きます。天使は、彼の人間としての人生を壊してしまう前に別れ、自分にとって天にも等しい光である彼の生を陰ながら見守っていきたいと願いながら。人間は、天使が地上をさまようかぎり傍にいてその孤独を癒し、いつか自分こそが「天の扉」を見つけ、天使を天へ帰すのだと願いながら。

 最終巻でようやく別れが前提のすれ違い愛にも決着がついたかと思ったのに、連載再開の『新章』ではまたぐるぐるやってるよ……。
 あれだけふたり共通の友人たちも、魔界の堕天使たちも振り回しておいて、究極の殺し文句で告白をして、また繰り返すのか(主に洋が!)。ほんとにお前らときたら、連載終了から10年経っても相変わらずで、イラッとくるような、ホッとしたような。

 「好いた惚れた」がテーマの小説やマンガ、ドラマが苦手だと思い込んでいた私に、「自分、意外とメロドラマいけるやん!」と開眼させてくれた作品です(笑)。まあ、純粋なメロドラマとは言い難いですけどね。
 1992(平成4)年にイメージアルバムも発売されたのですが、美しくもせつない旋律の楽曲もさることながら、洋のイメージソングを歌う野見山正貴のやさしい深みと色気のある男らしい声がのけぞるほどよくて、今でもよく聴くCDの一枚です(つか、まさに今聴いてます)。

 さて、この『新章』、どう展開していくのか。聖と洋の気持ちが少しは変化したのかどうかも合わせて、しばらく追ってみたいと思います。


「高橋美由紀公式ホームページ」内『天を見つめて地の底で』
http://t-miyuki.jp/prof/?key=A01


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# 三読目でハマった「萌えの宝箱」……『夏目友人帳』

 アニメ第一期が始まったときは、興味の大きさはアニメ>原作マンガでした。仕事でアニメについての紹介記事を書かなくてはならないという事情もありましたけどね。ところが、昨年9月にアニメ第一期が終わってから、俄然、原作マンガが気になるように……。20年ぶりくらいに「月刊 LaLa」を買っちゃったりしました。
 その作品とは、『夏目友人帳』(緑川ゆき/白泉社 花とゆめコミックス)です。

 はじめて原作コミックを読んだのは、仕事で関わる前。今市子の『百鬼夜行抄』(朝日ソノラマ・朝日新聞出版)に似たマンガがあると聞いて、「それは好みのど真ん中に違いない!」と書店に行きました。当時、3巻まで発行されていましたが、2巻がなかったので1巻と3巻を購入。でも、このときはなんだかピンと来なかったんです。
 まず、キャラクターの立ち位置が『百鬼夜行抄』にかぶるのが気になりました。夏目貴志(夏目)が飯嶋律、夏目レイコが飯嶋伶(蝸牛)、ニャンコ先生(斑)が青嵐、名取周一が飯嶋開というぐあいに。加えて、画面に描かなければいけないところと描かなくていいところの選択、コマ割りによる緩急のつけ方に鈍いものを感じて、物語に素直に入れない。ストーリーは読み切りとしてまとまっているし、感動もできるのに惜しいなと思ったきり、本棚にしまってしまいました。

 その後、アニメ化決定。作品を雑誌で紹介するということで、5巻まで揃えました。ひととおり目を通したのですが、やはりハマれず。しかし、アニメの大森貴弘監督にインタビューした際、「原作を読んでいると、ちょっとしたひとコマに、ニャンコ先生のアップが描かれていたりするんです。…(中略)…『このニャンコ先生の表情の切り取りはなんだろう』ってすごく気になってきて……」(「Charaberrys Vol.5」P.32より)と言われて、「ああ、そういえば、『夏目友人帳』は夏目貴志の視点で物語が描かれているのに、夏目が気づいてなさそげなニャンコ先生の表情のコマが入るよなあ」と気づきました。
 そこでようやく、ニャンコ先生が夏目を見守ると決めたとき、そのベースには夏目の祖母であるレイコへの想いがあったことの裏付けが取れたのです。……私的な解釈のなかでの話ですが。
 1巻を読んだときになにより気になったのが、なぜニャンコ先生が「妖に名前を返す」という夏目につき合う気になったのかということだったんですね。「隙を見て『友人帳』を奪う」「隙を見て夏目を食う」「暇つぶし」「結界を破ってもらったことの御礼」という動機づけでは、「妖に名前を返せば、『友人帳』が薄くなる(=支配できる妖が減っていく)」というデメリットと引き比べたときに弱いなあ、と。「見届けよう」とニャンコ先生(斑)が言うまでのところで、描くべきなにかが抜けているんじゃないかと思ったことが、「この作品にはハマれそうにない」と感じたいちばん大きな理由だったのです。
 それがまあ、ニャンコ先生ったら、夏目がジタバタしているコマとコマの間でこっそり感情表現をしていたとは、奥ゆかしいったらありゃしない。そういう解釈で読み直すと、ドッジボール2個分の招き猫な体形に似合わぬニャンコ先生のロマンチストっぷりにくらくらキます。いやあ、甘酸っぱいなあ(笑)。

 で、アニメ第一期が終わり、仕事と関係なくなったところで腰を据えて読んでみたら、どっぷりハマッてしまったわけです。5巻を数えるうちに夏目の世界が広がって『百鬼夜行抄』の印象が薄くなったことも一因ですが、同時に夏目が心の動きがどんどんかわいくなっていくのがね……。もうキュンキュンですよっv
 そもそも、私、子どもが大人に守られるという物語は大好物です。親子や祖父母と孫といった「血縁関係もの」も好きですが、寄る辺ない子どもが赤の他人である大人に守られるというのに、すごく弱い。とっても弱い。それも、ひたすら庇護を求めるだけの弱い子どもではなく、なにかしらのポテンシャルを秘めていて、それがチラチラ垣間見える、本人は「守られたい」とはまったく思っていない、ちょっと生意気なくらいの子どもがツボです。口先と行動力は一人前だけど、経験値の低さからくる猪突猛進と迷走を遺憾なく発揮する子どもを、大人がフォローしてやるという図にたいへん萌えます。大人のほうは、積み重ねてきた経験の分、余裕をもって子どもにつき合える、大人らしい大人であることが条件です。

 作品中、ニャンコ先生は、夏目の言動に対して「阿呆」「またお前はやっかいなことに首つっこみおって」とは言っても、「我がままだ」と返したことはなかったと思います。そこが好きです。他人の行動を「我がまま」と感じるのは、「自分はその行動を容認できない」ということですよね。「容認できないけど、我慢してやるんだ」という、自分基準の上から目線が働いている。
 夏目がなにをしても、それを受け入れて、必要なときにはフォローに入る。悪態をつきながらも、決して夏目に「我がまま」という言葉を投げかけないニャンコ先生に、私は理想的な「大人の余裕」を感じます。
 藤原夫妻も夏目に「我がまま」と言ったことはありません。でも名取は冗談に紛らわせつつ「我がままだなぁ」と言っちゃう(柊が代弁したりね)。名取、まだ23ですからね。
 たぶん意図されてのことだと思います。そういう繊細な言葉の選び方が好ましいです。

 幼いころから、目にしているものが人間なのか妖怪なのかわからないほど、はっきりと妖怪の姿を見てきた夏目(映画『シックス・センス』のコール・シアーの視界に近いとしたら、かなり怖い)。ふつうに見えるソレをふつうに口に出せば、周囲の人から「ウソつき」と言われ、親がいない孤独から構ってもらいたくて怖いことを言うのだろう、親戚中をタライ回しにされて情緒不安定になっているんだろうと、軽蔑され、いじめられ、忌避される始末。
 それまで引き取らざるをえない荷物として家から家に受け渡されてきた彼が、ついに出逢ったのが、「私たちの家に来てくれない?」と声をかけてきた藤原夫妻。生まれて初めて存在を望まれた夏目は、「藤原家では妖怪が見えることは言わない。夫妻を怖がらせるようなことは絶対にしない」と誓い、妖怪絡みの出来事に巻き込まれても「なんでもありません」とウソをつきます。それは学校でも同じで、妖怪の存在を感じてしまう田沼と先祖が陰陽師で妖怪にくわしい多軌以外の友人には、挙動を不審がられてもごまかしています。
 しかし、藤原家のある土地は、「友人帳」の元の所有者であり、妖怪に名を知られたレイコが住んでいたところ。今まで以上に妖怪に絡まれるはめになった夏目は、そろそろウソでごまかしきれなくなってきているようです。「何やってんだ」って北本と西村に怒られちゃいましたよ。

 藤原夫妻や名取の自然な気づかいに「ウソをつくのか、この人たちに」と惑い、初めて友人に庇われたことで「幸せなんだ。どうすればいいんだろう」と布団のなかで泣いてしまう夏目。カイの件では、離れて行く人の背中を追いたいと思うことのなかった自分は、仲直りの方法を知らないのだと愕然とします。
 孤独で頑なで自己否定ばかりだった夏目の心が、どんどんやわらかく広がっていくのが心地いいです。人のやさしさに驚いて、顔を赤らめて、素直な表情を見せた挙げ句に泣いちゃうような夏目がほんとにかわいい。

 一方、拳ひとつで妖怪を退けてしまう、レイコ譲りの強力な妖力と、妖怪たちを支配できる「友人帳」をもつ夏目は、妖怪祓いを生業する呪術師たちのリーダー的存在である的場に目をつけられたようで、こちらの展開も目が離せません。

 とりあえず7月3日発売予定の『夏目友人帳』8巻は、文化祭でおめかしする夏目や友人たちに囲まれて幸せな夏目や田沼のために奔走する夏目がいっぱいで、夏目と藤原夫妻の出会いもあって(たぶんそこまでの話が収録されるはず)、キュンキュンすること間違いなし。もちろんニャンコ先生の中年妖怪的な魅力もむんむんなので、みんな、買えばいいと思うよ! ほとんどの話数を「LaLa」で読んじゃった私も買いますとも。2話分ほど買い逃してるし orz。
 ずいぶんな回り道をしてハマッた『夏目友人帳』。一読して「ツボと違う」と思った作品も、再読してみれば、案外「萌えの大漁船」だったりするかもしれません。


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# 北原文野の絶版コミックが同人誌も加えて電子書籍に!

 本館サイトでも紹介しています、北原文野のマンガ「<P>シリーズ」(紹介文は本館コンテンツの「趣味話」にあり)。息の長い作品であるだけに絶版になったコミックも多く、シリーズの続きや番外編が描き下ろされた同人誌もなかなか手に入らないという状況にありました。
 それが、なんとまとめて読めるように! 1月9日から順次配信されている「コミックターミナル」の北原文野関連書籍では、商業誌発表作品にプラス、それに関連する同人誌発表の番外編もいっしょに収録されています。価格も1冊420円(税込)とお手頃!
 ただし、対応OSはWindows2000・XP・Vistaのみで、相変わらずMacユーザーは虐げられておりますけどね(苦笑)。

 「コミックターミナル」で配信中の「<P>シリーズ」は以下のとおり。
<Pシリーズ1> 『L6〜外を夢みて〜』
 収録作品:『L6〜外を夢みて〜』『草原の子ども』『残像』

 『L6〜外を夢みて〜』は<P>シリーズの最初の物語。超能力者が「P(混乱させるもの)」と呼ばれ、迫害されるようになるきっかけになった事件を描く。絶版になった同タイトルのコミックの復刻。『草原の子ども』は『L6』に登場するロカルーの子ども時代の、『残像』は『夢の果て』の主人公スロウ・ケアクがその思いで未来と今をつなぐ掌編(どちらも同人誌初出)。

<Pシリーズ2> 『あてどない夜』
 収録作品:『あてどない夜』『7時に迎えが、、』『小さな籠の中』『金色の昼と銀色の夜』『夜明けまで』

 商業誌(「プチフラワー」小学館)で初めて発表された<P>シリーズ。シリーズのメインキャラクターのひとりであるトゥリオ・トールとアリステア・ドーサの邂逅を描く。「ボーイ・ミーツ・ガール」がテーマで、シリーズのなかでは比較的明るく、入りやすいストーリー。別名「アリステア4部作」。プラス、トゥリオとPを助けるレジスタンスとなったスロウの出会いを描いた『夜明けまで』を収録(SG企画の「グループ」初出)。
  
<Pシリーズ3> 『クァナの宴 Vol.1』
 収録作品:『クァナの宴』前編
<Pシリーズ4> 『クァナの宴 Vol.2』
 収録作品:『クァナの宴』後編、『花〜SSPリーによせて』

 <P>シリーズのメインキャラクターのひとりで、Pにとっては「迫害者の総帥」であるゲオルグ3世。その甥であるクァナ・クニヒコを中心とした物語。クァナを通してゲオルグ3世の心の暗部が垣間見られたり、クァナが起こす行動がスロウ&トゥリオやリーとクロスオーバーしたり……。<P>シリーズの各キャラクター、各イベントのピースをつなぐジョイント部分でもあります。『花〜SSPリーによせて』は、PでありながらPを狩る者となったリー・カールセンの哀しい胸の内を綴った掌編(同人誌初出)。

<Pシリーズ5> 『砂漠に花を…』
<Pシリーズ6> 『砂漠の鳥たち』

 収録作品:『砂漠の鳥たち』『SNOW FESTIVAL〜雪の日〜』
<Pシリーズ7> 『砂漠をわたる風』前編
<Pシリーズ8> 『砂漠をわたる風』後編

 切ない話がほとんどの<P>シリーズのなかでも、苦しいほどに切々とPの悲劇を訴えてくるのが、リー・カールセンを主人公とした「砂漠シリーズ」。じわじわと袋小路に追いつめられていくこの感じは、言葉では表現できません。ぜひ読んで味わってみてください。『花』と『鳥』は絶版コミックの復刻。『風』は同人誌で発表されたもの。『SNOW FESTIVAL〜雪の日〜』は、Pが最後に行き着いた逃亡場所である“地上”で「若長老」と呼ばれるアライアンと、<P>シリーズを通じて味のある役で登場するゴディのほのぼのエピソード(同人誌初出)。

 商業誌発表分と同人誌発表分を組み合わせて、「<P>シリーズの年表順に近い構成になっておりますので、普通に読みながら流れがわかるようになっているはず」(「コミックターミナル」編集者・談)とのことですので、初めての方も入りやすいと思います。読みのがした方も、この機会にぜひ!

「コミックターミナル」サイト
http://www.comic-terminal.jp/plaza/exec/top

「コミックターミナル」北原文野ページ
http://www.comic-terminal.jp/plaza/exec/author/search/do?authorName=%E5%8C%97%E5%8E%9F%E6%96%87%E9%87%8E


 マンガのダウンロードサイトとして知られる「eBookJapan」でも、ずいぶん前から絶版のコミックが配信されています。こちらはあくまでもコミック収録分のみ。同人誌の作品は入っていません。1冊315円(税込)。Windowsのみ対応。
『L6―外を夢みて―』 (<P>シリーズ)
『クァナの宴』第1巻・第2巻(<P>シリーズ)
『砂漠に花を…』(<P>シリーズ)
『砂漠の鳥たち』(<P>シリーズ)
『魂を鎮める歌』
『時のほとりに』
『もうひとつのハウプトン』


「eBookJapan」北原文野ページ
http://www.ebookjapan.jp/shop/author.asp?authorid=2130

 「eBookJapan」配信の上記コミックスは「YAHOO!コミック」でも配信されているようです。有効期限(80日)つきですが、1冊294円とお安め。対応OSはWindows2000・XP・Vistaでーす(ヤケ!)。

「YAHOO!コミック」北原文野ページ
http://comics.yahoo.co.jp/list.html?list=author&author_id=kitahara01

 でも、まずは『夢の果て』を読んでもらいたいなと往年のファンは思うわけですよ。やはりここが<P>シリーズのすべてが詰まった原点だと思うので……。
 『夢の果て』は電子書籍にはなっていません。ハヤカワ文庫JA(早川書房)より、全3巻発売中。分厚い文庫サイズで、1冊840円(税込)です。全国書店か、amazonや7&Yなどのネット通販で購入できます。


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# 青春の1冊! 悪夢を食べる超能力高校生の物語「ばくシリーズ」
 本年12月に公開予定の映画『悪夢探偵2』の試写会に行ってきました。原作・製作・脚本・撮影・編集はすべて、塚本晋也。まさに塚本ワールドという作品になっています。主人公の「悪夢探偵」こと影沼京一を演じるのは、松田龍平。
 映画の紹介はいずれ仕事のほうでできたらと思います。

 今回は『悪夢探偵2』に絡めて、「悪い夢」を扱ったマンガの話などを。
 私の大好きな作品に、杉山志保子の「ばくシリーズ」(白泉社/花とゆめコミックス)があります。シリーズを収録したコミックスは『ばくの飼い方教えます』『天使が僕に堕ちてくる』『幻獣博物館』の3冊。『ばくの飼い方教えます』の初版発行が1988(昭和63)年10月。第1作目の「ぼくらはみんな起きている」が今は無き「花ゆめEPO」に掲載されたのが1986(昭和61)年ですから、実に20年以上前の作品になります。
 最近、杉山先生が『アンジェリーク ラブラブ通信』『ネオロマンス通信Cure!』『コミック アンジェリーク』などでご活躍中と聞いてなんだか安心したのでした。ただ、「ばくシリーズ」はおそらく絶版だと思われます。なので、簡単に内容をご紹介しますね。

 高校生の御与士郎(おき よしろう)は、保健省精神衛生局心療課に所属する国家公務員でもある勤労学生。なぜ高校生が公務員をやっているのかと言うと、彼はテレパシー(精神感応能力)をもつ超能力者だからです。
 保健省精神衛生局心療課とは、人びとの心の悩みが寄せられるセクション。拒食症の児童相談から、殺人願望のみが人から人へ乗り移っていく連続殺人犯の捜査、クローン再生技術で生み出された感情をもたない実験体の保護などなど、「精神」が絡む、常識では割りきれない相談事や事件・事故を専門に扱います。表に出ない心の深層を探らなくてはならないため、心療課の実働部隊はほとんどがテレパス(精神感応者)。彼らは、人の悪夢を食べるという貘になぞらえて、「ばく」と呼ばれています。

 両親を早くに亡くした与士郎は、猫のよたろうとふたり暮らし。人格が分裂した少女の精神を分裂前まで遡らせて、後から生まれた人格を消し去ったり(元の少女は与士郎の親友の彼女で、分裂した人格の少女は与士郎が好きというオマケつき)、自覚のない三角関係で悩んでいた老婦人の心のなかに入り込み、恋心を好意に置き換えてつじつまを合わせたり……。「象の不眠症も治す」と言われる彼は、クレヤボヤンス(透視能力)やサイコキネシス(念動力)もこっそり使えたりする、心療課きっての凄腕の「ばく」だったりするのです。

 与士郎の姿を借りた超能力者の悪戯で心療課のメンバーに狩られるハメになったり、テレパシーの波長がターゲットと同じだったという理由で暗殺者に命を狙われたり、彼の能力を欲しがっている企業に洗脳されて、仲間と戦わされそうになったり……。
 そもそも、10歳のとき、母親の死について心療課に記憶操作され、記憶も自覚もないまま残ってしまった罪悪感のせいで心療課の仕事を受けるようになったのかも……という、どこまでも不幸体質な彼。
 けれども、消えた少女に涙を流し、感情が芽生えたばかりの女の子の背中を前に進めるよう押してやり、自分を殺しかけた暗殺者を許してしまう、そんなやさしさを失わずにいるのは、与士郎自身が孤独のつらさや心に受けた傷の痛みをよく知っているから。それに、与士郎の連日の遅刻に頭を痛めながらもフォローしてくれる先生や、なにか事あらば(鳴海&津々井コンビを派遣して)ケアに努めてくれる上司である部長、そして心強い仲間たちがいるから……。
 他校に通う1学年下の高校生で、接触テレパス(他人の身体に触れることにより、精神感応できる)であり、同じテレパスとして与士郎を尊敬しまくっている鳴海笙。鳴海のクラスメイトでケンカ友だち、ただし仕事では絶妙なコンビネーションを見せるサイコキノ(念動力者)の津々井箏治。そして、与士郎のクラスに転校してきた、サイコキネシス、テレポート(瞬間移動)、テレパシーを使う万能型エスパー・大野深雪。事件をきっかけに知り合った彼らは、与士郎を理解し、慕ってきます。フォローしたり、フォローされたり。だから、「すぐにでもやめられるからな、おれはーっ」とつぶやきながら、飄々とした風で与士郎は今日も他者の心と向き合うのです。

 連作の一話一話で扱っている事件はけっこう深いのだけれど、基本的に行動範囲や生活基盤が「高校生」という枠からはみ出さない、まじめな物語のつくりが好きです。なんといっても、強力な超能力者にも関わらず、与士郎はじめ仲間たちの感性が地に足がついているのがいいなあと思います。

 前書きがたいへん長くなりましたが、マンガを読みながら、与士郎が人の心の深層に入り込んで悪夢を片づけるとき、どういう映像を見ているのだろうと考えていたんですね。マンガにはほとんど絵として描かれてなかったので、よけいに気になったんです。
 それが、今回の『悪夢探偵2』を観て、「ああ、もしかしたらこんな感じなのかもなあ」と理解できた気がしたと申しますか。幽霊っぽい部分は『悪夢探偵』ならではの映像でしょうが、その不条理感や日常の風景にぽっかりと空いた穴のようなイメージは共通するところではないかと思われて、20年越しのもやもやがだいぶん晴れたような気がしたのでした。
 『悪夢探偵』の第1弾は観ていないので、早めにレンタルビデオででも観たいなあと思います。

『悪夢探偵2』公式サイト
http://www.akumu-tantei.com/


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# ホラーに隠れたヒューマンドラマ『外科医 東盛玲の所見』

書店で池田さとみの『辻占売』の新刊が出ているのを見つけました!

池田氏のホラーといえば、『外科医 東盛玲の所見』全7巻+外伝(朝日ソノラマ/ソノラマコミック文庫)。この続編『新 外科医 東盛玲の所見』が「夢幻館」(朝日ソノラマ)にて連載されています。コミックも2巻まで発売中。

これは若くして東盛総合病院の院長を務める、天才外科医・東盛玲の物語。
生まれつき盲目だった玲は、死亡した友人の角膜を移植され、視力を得ます。しかし人に見えないもの(=霊)まで見るように。その能力で病院の内外で起こる事件や、霊障による病気などを解決。ただし表向きは「不思議なこと」を否定し、徹底した現実主義者を通しています。
玲に関わるのは、霊を見る能力をもつ看護師の牧原莉梨子、玲と幼なじみの寺の住職に獣医師、呪術師のワヤン、玲に敵意をもつ氏部桂。
なかでも私の好きなキャラは、ある事件がきっかけで東盛病院に入院してきた少年・朴木咲也。彼は人の言葉に隠された嘘を見抜く能力をもっており、そのために人間不信に陥っていました。しかし玲や牧原といった言葉に裏表のない人の存在を知り、やがて心を開いていきます。後に玲に引き取られ、今は医者を目指して勉強中。


悪霊や生霊、妖怪などが出てきますが、内容はホラーのかたちをとったヒューマンドラマ。泣かされることも多く、「やられた!」と思うことも多い作品です。ネームも多くなく、コマもむしろあっさりしているのに感動できるところ、キャラクターの性格造形、ストーリー展開で「うまいなあ」と感心させられるマンガ家さんの一人です。
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紹介作品の詳細は……
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