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映画、コミック、本から、お薦めものをピックアップ!

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# 現実の恐怖に限りなく近いファンタジー……「たんぽぽクレーター」シリーズ

 8月3日、「新文化」のサイトにて東京三世社の廃業のニュースを知り、意気消沈しています。アダルト雑誌の老舗として知られていますが、1978年から1995年ごろにかけてSFマンガを発掘・開拓し、良作を世に送り出してくれた出版社でもありました。
 「少年少女SFマンガ競作大全集」は購読していませんでしたが、派生であるハードカバーのコミック本「マイコミックス」シリーズは、何度かの転居にも手放すことなく、今でも読み返す宝物。山田ミネコの『雲中飛行(ジ・イン・クラウド)』『最終戦争』、佐々木淳子の『Who! 超幻想SF傑作集』、たらさわみちの『眠れる翼』、奥友志津子の『冬の惑星』、佐伯かよのの『闇からの呼び声』、柴田昌弘の『狼少女ラン』……。こうして並べると、SFマンガにハマる入り口だったなあと思い出されます。

 特に私の心のバイブルのひとつである筒井百々子の『ものまね鳥シンフォニー』全2巻と『小さき花や小さき花びら』、そして『空の上のアレン』全4巻を、ソフトカバーとはいえA5判で、カラーページ付きで上質な紙と印刷で発行してくれたことには、どんなに感謝しても足りません。この7冊は、本棚の中でも私のいちばん近く、日焼けしないところに大切に保管しています。


 『ものまね鳥シンフォニー』と『小さき花や小さき花びら』は「もうひとつのたんぽぽクレーター」シリーズと呼ばれる作品で、小学館の「プチフラワー」に連載された『たんぽぽクレーター』の前日譚です。
 『たんぽぽクレーター』は、エネルギーを原子力に頼る時代に放射能汚染で苦しむ人びと、特に子どもたちを月面につくられた総合医療都市「たんぽぽクレーター」に収容し、救おうと奮闘する人々の物語。地球の国際企業10社の協力により民間レベルで運営されているため、ときには地球では禁じられている治療を行なうことも。やがて、こんな言葉が囁かれるようになります。
 「たんぽぽクレーターに来れば、どんな子どもでも元気になれるよ」。

 それは、2007年秋のこと。軍事衛星の高出力レーザー兵器の実験が行われました。その影響により、地球の環境は激変し、擬似氷河期状態に陥ります。月から見る地球は、あの生命力に満ちた青い星の面影さえない、氷に覆われた白い星。氷点下数十度の地球からの連絡は途絶え、月で働く人びとは地球に残した家族や友人、そして故郷を失う恐怖にパニックに陥ります。
 地球からの物資輸送も絶え、困窮した人びとは、難病の子どもたちを多く抱える医療都市にも襲いかかります。原子炉が止まり、電力供給を失った「たんぽぽクレーター」が持ちこたえられるのは、わずか4時間。
 15歳で大学の医学課程を終え、「たんぽぽクレーター」のインターンとして働くジョイことジョイス・C・マクローフリンは、ひとりの子どもを犠牲にして、ほかの患者やスタッフを救うという決断を迫られ、葛藤します。
 子どもたちを救う立場である自分が、子どもを死なせる決断を迫られる。──そんなことが二度と起きないように。
 ジョイは廃棄された太陽光発電用車両を見つけ、原子炉の代わりに使えるよう、手作業で太陽電池パネルをつないでいきます。そこに不法投棄された放射性物質があるとも知らずに……。

 『ものまね鳥シンフォニー』は、この『たんぽぽクレーター』以前の「たんぽぽクレーター」建設中の物語です。
 楽器工場に偽装された軍の化学兵器工場から溢れ出した毒の風。その日、「ミュージックタウン」と呼ばれた、ジョージアのひとつの町が死に絶えました。夫と妊娠中の子どもを失ったキャロライン・マクローフリンは、ファージィ・ジェンキンスの招きでマックギルベリー月面研究所に収容されます。
 キャロラインとファージィは、PK(念動力)の制御法を教える教育機関で共に過ごした、姉弟のような関係。破壊傾向にある自分の念動力を持て余していたファージィは、自分と同じくらいハイパワーの念動力者に制御を教わるため、研究所に滞在していたのでした。
 キャロラインはそこで「たんぽぽクレーター」の院長マックギルベリーと捨て子のジョイ、そして念動力を駆使してたったひとりで「たんぽぽクレーター」を建設している、超能力者でサイボーグのハインリヒ・ハイ・ファイに出会います。

 夫の実家が軍関係者であるために、被害者として訴訟に関わることを拒否し、月の上で沈黙するキャロライン。しかし、ファイ・ハイの助力で念動力を制御できるようになったファージィが、否定するばかりだった自分の力をようやく「いいもの」と受けとめ、今では「たんぽぽクレーター」の建設を手伝っている、その生き生きとした表情や、ファージィという手伝いができて楽になったというハイ・ファイの言葉から、自分にもできることがあるのでは、と手探りをはじめます。
 毒ガスの後遺症で両手が動かないものの、精密動作を得意とする念動力者である彼女は、研究所の掃除・洗濯・料理といった家事から、「たんぽぽクレーター」内の施設の内装工事まで一手に引き受け、大活躍! やがてジョイが聴覚器官をもたない聾唖者であること、またハイ・ファイのサイボーグの耳が雑音ばかりが聞こえる難聴状態であることを知り、キャロラインはふたりに音楽を聞かせたいと願うようになります。
 動かない手に代わる念動力による音楽。それは人の動きをトレースしただけの、ものまね鳥の歌のようなものかもしれない。音楽とは認められないものかもしれない。でも、安らぎを楽しさを喜びをもたらす音楽を届けたい人がいるから、楽器を演奏したい。
 キャロラインの念動力が生み出す音は、聴覚器官をもたない耳にも聞こえ、月の真空にも伝わる、直接に人びとの心に響くクリアでピュアでシュアな「なにか」でした。ヴァイオリンひとつから弦楽四重奏、室内管弦楽、そして大編成オーケストラへ。キャロラインの音楽は月どころか、地球にまで響くようになります。
 最初はジョイとハイ・ファイのためだった。でも今はあの失われた街、自分を守って亡くなった夫、そしてその悲しみを抱えて沈黙するしかなかった自分のために……。ようやく過去を受け入れ、未来を見ることができるようになった彼女は、ジョイに言います。「あなたのお母さんになれるかしら」。

 『小さき花や小さき花びら』は、キャロラインの息子となったジョイが成長し、インターンとして「たんぽぽクレーター」にやってくるところから始まります。
 なぜ「たんぽぽクレーター」に子どもが多いのか。それは、1999年にニューヨークで起こったミニ水爆の誤爆事故で、放射能を浴びながら命を賭して子どもたちを助けた旧友の遺言があったから。「ニューヨークっ子を、あなたは見捨てないでください」。満地球の美しい夜、マックギルベリー院長はその青と同じ青い目をしたサイボーグのことを思い出します。
 しかしながら、思うように動かないのが子ども。8人兄弟の養親を探そうにも、全員いっしょというのは難しく、しかし子どもたちは離れ離れはイヤだと反抗的。悪ガキどものボスは、なぜかネコをいじめてばかり。拳を握りしめたまま、動くことも話すこともしない少女。熱湯を浴びせられ、皮膚移植が完了した少女の、親の虐待を問う裁判。爆破テロで足を失った少年のリハビリ。
 さらに、娘を病気で失い、寄付を打ち切ると言ってきた出資者。子どもを暴力でしつけようとする新入り医師。
 どれもこれもが難問で、到着するはずのインターン、なつかしのジョイは行方不明。マックギルベリーは、満地球に旧友の約束を思います。──いつかあなたの時間が動かなくなったとき、(私の残留思念で)動かしてあげます。「なにも動かないということは、まだまいっていないということなのだろう」。
 忙しい日々のなか、見落とし、見失い、気づかずにいることがたくさん。いつしか「気づき」の心を失っていたことに気づいたとき、やさしい残留思念の波がマックギルベリーに見せたものは……。

 『空の上のアレン』は、より以前の物語。飛行能力をもつ超能力者アレンの、超音速への挑戦が描かれます。
 筒井氏の真骨頂、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての軍用機が次々に登場するのが楽しい作品。夜空に道を失ったアレンを、リンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号からライト兄弟のライトフライヤー号、果てはイカロスに至るまで、飛行を目指した者たちが導くさまに感動!
 その裏では、北方のノルランド国の政変がらみの陰謀が進行。ハイ・ファイがサイボーグになった理由やマックギルベリーとの出会い、そしてアメリカ海軍の航空母艦、原子力空母エンタープレイズがマックギルベリー月面研究所として月に上がった経緯などがわかったり……。
 「ハイ・ファイ年代記(クロニクル)」として見ると、『小さき花や小さき花びら』と時間的なパラドックスがあるけれど、気にしない。いわゆる、ひとつの平行宇宙?(笑)


 一連の作品のメインキャラクターのひとり、ハインリヒ・ハイ・ファイと、アメリカのTVドラマ『Beauty & The Beast(美女と野獣)』のヴィンセント。このふたりのおかげで、シェイクスピアやブラウニング、ブレイク、ワーズワース、リルケ、カミングスなどの詩に興味をもったのでした。

 Ye that pipe and ye that play,
 Ye that through your hearts to-day
 Feel the gladness of the May!
 What though the radiance which was once so bright
 Be now for ever taken from my sight,
 Though nothing can bring back the hour
 Of splendour in the grass, of glory in the flower;
 We will grieve not, rather find
 Strength in what remains behind;

 「笛吹くものよ、戯(たわむ)るるものよ
  今日、5月のよろこびを
  全身に感ずるものよ
  かつて輝やかしかりしもの
  今やわが眼より永(とこし)えに消え失せたりとも
  はた、草には光輝、花には栄光ある
  時代を取り返すこと能(あた)わずとても何かせん
  われら悲しまず、寧(むし)ろ
  後に残れるものに力を見出さん」

William Wordsworth(「536. Ode Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋)

 『小さき花や小さき花びら』の第一章でいちばん印象的なシーンの背景に綴られたワーズワースの詩。『Beauty & The Beast』でも、ヴィンセントが低く響く青銅の声で口ずさみます。
 筒井作品には魅力的なキャラクターが多々登場しますが、この詩を聞くと涙がにじむくらい、ハイ・ファイのことが好きでした(いや、今でも好きですが!)。


 月面クレーターにつくられた総合医療都市というSFな設定。毒気のない、かわいらしく、ファンタジーめいた容姿のキャラクターたち。アメリカ文学に多大に影響を受けたと思われる、ネーミングやエピソードの数々。
 やわらかい印象の画稿に描かれる事象は、しかし「いつか起こりそうな」現実の恐怖。そこから生まれる悲劇や感情の迸りもまた、いつか私たちが遭遇しそうなことに感じます。
 「地球崩壊の予言書」めいた恐さと追い詰められたキャラクターたちの感情のリアルさと、それをやわらかくオブラートに包んでしまう絵柄と子どもたちに託された未来を感じる明るさ。これらが不思議に混ざり合って感動をつくりあげているところが、筒井作品のたまらない魅力です。


 「もうひとつのたんぽぽクレーター」シリーズと『空の上のアレン』が掲載された「クレッセント」はほぼ毎号買ってました。『空の上のアレン』の連載が終わってからは買わなくなったのですが、おかげで単行本にならなかった「ヴェルスタソナタ」を逃してるんですよね。ううむ、悔しい。

 ファンタジー系の「ネオファンタジーCREW(クルー)」も一時期購入してました。私のマンガ歴、東京三世社の存在が大きすぎる!
 なんという寂寥感。夏真っ盛りに、心に冷たい隙間風が吹いています……。


「新文化」ニュースフラッシュ
http://www.shinbunka.co.jp/news2010/08/100803-01.htm



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# 私的「神アニメ」、『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』はここがすごい!

 それは闇を切り裂いて出現した風景。夏の午後2時の陽射しを浴びて、青空の下、はるかに広がる緑のなかに黄色が際立つトウモロコシ畑。その空間にひそりと現われたプラットホームの上空には、古びた大時計。左右に大きく揺れる振り子が、ゆったりとしかし厳粛に時を刻む。
 明るい光は客車のなかにも充ち満ちて、乗客たちはゆるゆるとした微睡みに沈む。彼方に湧き上がった音は、どこかなつかしい調となり、鼓膜をくすぐる。その曲、アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 1985年に劇場公開された杉井ギザブロー監督によるアニメ映画『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』。そのなかで特に忘れられない映像が、「新世界交響楽」のシークエンスです。
 カッチカッチと時を刻む振り子の音が聞こえるにもかかわらず、時間が止まったように感じる、まさにエーテルに包まれたようなやわらかな重みのある静寂。大きな緑の葉に包まれたトウモロコシの実の、まるでフィンセント・ファン・ゴッホのひまわりの黄色のような鈍い鮮やかさ。青い空と緑と黄色のトウモロコシ畑の三元の色の境目からまるで雲のように湧きたってくる「遠き山に日は落ちて」、もとい「新世界より」第2楽章ラルゴ。
 それは、「夏の午後の静謐」と名付けたいような一枚の「絵画」として、劇場で観たときから25年が経った今も私のなかでひとつの原風景になっています。

 『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』は、まずVHSで購入し、次にDVDに買い換え、おりおりに鑑賞している、私にとっての「神アニメ」。
 なにがいいかって、まずはその世界観を決定づけている、イラストレーターの塚本馨三と馬郡美保子(まごおりみほこ)による背景美術! 現実にありそうでなさそうな、確かな存在感があるのに、夢のなかの風景のような危うさを感じるところは、ルネ・マグリットの不可思議な風景画のよう。街角に人の気配があるのに、建物や自然物が織り成す光と影と色がしんとした生命のない無音を奏でるさまは、ジョルジョ・デ・キリコの形而上絵画のよう。

 闇のなかで光に照らされて浮かぶススキの穂、それ自体が小さな炎を抱えた紫水晶のランプのように輝くリンドウの花。化石化したプリオシン海岸と、120万年という時間に押しつぶされていく白鳥座の町。打てば響くような沈黙と影に無気味に沈むアルビレオの観測所。そして先述のトウモロコシ畑……。
 アナログならではのやわらかなタッチの背景画に、星座を形づくる一等星、二等星、三等星を表わす三角標が現れては消える。その三角標の大胆な解釈……デジタルっぽく図形化された光による演出がまたすばらしい!

 もともとイマジナティブな原作小説について、ここまでイメージを広げることができるのか、ここまで表現できるのかという、想像力の限りのなさを教えてくれる映像。
 さらに耳から不可思議な現象を構築してくれるのが、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)を「散開」した細野晴臣の音楽。絵で描かれた「幻想第四次」の世界を、より「知っているようで知らない、懐かしさと同時に初めての驚きを感じる、身近にありそうなのにこの世ではあり得ない」空間へと昇華させています。
 小説という表現方法のなかで、ここまで音の描写にこだわった作家は少ないんじゃないかと思われる宮沢賢治。細野氏のエキゾチックでエスニックな「宗教や民俗学など神秘的な趣味」(wikipedia)が遺憾なく発揮された音は、きっと賢治の耳にかなったに違いないと思える。それほどに原作小説と合わせて聞いても違和感のない、完成度の高い曲の数々。
 この2点だけで、『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』は充分に魅力的なのですが……。

 ストーリーについては、賢治が物語にこめた思いを大切に拾いつつ、かなり大胆なシーンの取捨選択がされています。
 特に注目すべきは、「讃美歌三〇六番」(讃美歌三二〇番)の扱い。アニメオリジナルの通信技師が雑音だらけの「三〇六番」の歌詞を耳にするところから、中盤のクライマックスが始まります。原作小説では「パシフィック」「氷山」というキーワードで連想を促すタイタニック号の沈没を劇中劇のように描き、実際にあったエピソードである、沈没時に歌われた「三〇六番」をここで流すことで、灯台守の「ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら、峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」という言葉につなげる、怒涛のち静寂の展開。
 このとき青年と灯台守の間で交わされた「死生観」は主題となり、蠍の火のエピソード、そしてカムパネルラの涙とジョバンニの「僕はもう、あのサソリのように、ほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」というセリフにリフレインされていきます。
 音がつけられる映像作品ならではの演出ですね。『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』において、「讃美歌三〇六番」は、その美しい旋律と死の悲哀を神のもとへ行く喜びに転化する歌詞の両方で、「銀河鉄道」という存在のテーマ曲になっているように思います。

 そして、なにより私にとってよかったのは、タイタニック号から銀河鉄道に乗ってきた青年と子ども二人以外は、みんなネコの姿をしていること! これは、ますむらひろしが描いたマンガ『銀河鉄道の夜』を原案にしてるからですが、おかげで登場人物のイメージが固定化されずにすみました。
 もしジョバンニとカムパネルラが人間の姿で描かれていたら、それがどんな姿だったとしても「なんか違う」という気持ちがつきまとって、アニメ版はもちろん、原作小説も楽しめなくなっただろうと思うのです。
 劇場公開されたときは賛否両論あったそうですが、私はネコで正解だったと、とてもありがたく感じています。

 エンディングの常田富士男の朗読による、賢治の詩集『春と修羅』の「序」の一節に到るまで、原作についての熟考と映像化するうえでの計算が行き届いた作品。ここまで原作について研究されたアニメ化作品は、最近では細田守監督の『時をかける少女』くらいかなというところで、『宮澤賢治 銀河鉄道の夜』は私にとって稀有なる「神アニメ」なのです。


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# 夏の星座のもとで読む……マンガ版『銀河鉄道の夜』
 
 7月1日、集英社から「マンガで読む文豪作品」というキャッチフレーズで文庫本サイズの「MANGA BUNGOシリーズ」が創刊されました。日本の近代文学をマンガ化した書籍はすでにいくつか存在しますが、このシリーズがすごいのは、すべて描き下しマンガで7月、8月、9月、10月と毎月10冊ずつ一挙に刊行されること。
 たとえば7月1日に発売された第1弾は、太宰治の『人間失格』(マンガ:伊藤チカ)、『走れメロス・富嶽百景』(マンガ:高芝昌子・井沢まさみ)、野坂昭如の『火垂るの墓』(マンガ:三堂司)、林芙美子の『放浪記』(マンガ:三原陽子)、森鴎外の『舞姫』(マンガ:藤丞めぐる)、夏目漱石の『こころ』(マンガ:吉崎凪)、『坊ちゃん』(マンガ:大倉かおり)、芥川龍之介の『藪の中・羅生門』(マンガ:坂本久作)、『地獄変』(マンガ:未浩)、そして宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』(マンガ:北原文野)。まさに「この文豪ならこの作品!」のラインナップです。

 2007年、『人間失格』の文庫本の表紙イラストを『DEATH NOTE』の漫画家・小畑健が描き下ろして大ヒット! 2008年には『こころ』『地獄変』を再びの小畑健、『伊豆の踊子』を『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦、『汚れちまつた悲しみに……(中原中也詩集)』を『テガミバチ』の浅田弘幸が描き下し。さらに去年には『地獄変』『堕落論』を『BLEACH』の久保帯人、『走れメロス』を『テニスの王子様』の許斐剛が手がけました。
 人呼んで「お固い文学作品の表紙イラストを『ジャンプ』の人気漫画家が描いたら売れちゃったシリーズ」。今年の「集英社ナツイチ2010」では、『銀河鉄道の夜』『汚れちまつた悲しみに……』(新装版)を浅田弘幸、『たけくらべ』を『いちご100%』の河下水希、『シャーロック・ホームズ傑作選』を『D.Gray-man』の星野桂、『十五少年漂流記』を『ZETMAN』の桂正和が描き下ろしています。

 文学作品とマンガとの親和性を見せつけてくれた集英社から、いずれ文豪の諸作品のマンガ版が発売されることは想像に難くなく、今回の発売は満を持してというところでしょうか。

 その「MANGA BUNGOシリーズ」から宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読みました。マンガを担当するのは、『夢の果て』『瞳に映るは銀の月』など、虐げられる超能力者を主人公にした「Pシリーズ」を代表作にもつ北原文野です。
 実は、この作品を読むまでにかなりの葛藤がありました。
 まず、私は小説のマンガ化作品は基本的に読みません。漫画家が原作に殊更に思い入れてマンガ化したものでないかぎり、特にこういう「日本文学の紹介」といったスタンスのマンガ化は、単なる小説のダイジェストになりがちで、小説のよさが伝わらないまま筋書きだけわかってしまうという中途半端なものに感じるからです。
 また、『銀河鉄道の夜』は私の聖域のひとつで、イメージが固定化されてしまうような画像・映像はできるだけ目に入れたくないと思ってきました。特にジョバンニとカムパネルラについては、挿絵にもその姿を描いてほしくないほど。私の頭のなかでも、この二人は容姿をもたない、影のような存在なのです。
 さらに、1985年に公開された劇場版アニメ『銀河鉄道の夜』が私にとって「神アニメ」で、ジョバンニたちの住む町や郊外の景色、ケンタウル祭のようす、銀河鉄道の窓外に現れては消える風景……ジョバンニとカムパネルラ以外のイメージは、すべてこのアニメ映画に描かれたヴィジュアルに拠っています。だから、アニメの映像から離れた絵を見ると、間違いなくマイナス方面に違和感を覚えるだろうなという予感がありました。

 では、なぜ北原文野版『銀河鉄道の夜』を手に取ったか。それは、内向的な少年の感情や行動の描写と「せつなさ」の表情表現に魅力があり、繊細な線で描かれる西欧風の風景が独特の世界観をつくりあげている北原氏のマンガと『銀河鉄道の夜』が融合したら、どんな「絵」になるのか、興味があったからです。
 不安半分、好奇心半分でコンパクトな文庫サイズの本を開き……うん、普通におもしろかった。

 いちばん不安だったジョバンニとカムパネルラの容姿は、「ああ、こんな感じかもしれないな」という納得の造形。北原氏の描線の繊細さが幸いして、押しつけがましさがないところがいいです。マンガを読んでいる間は二人はこの姿だけれども、原作小説を読むときにはまた影の存在に戻ってくれるのが、私にはたいへんありがたい。
 街なかの建物は西欧風、郊外の景色は岩手の農場を彷彿させる背景の設定もほどよく現実感があって、自然に物語世界に入ることができました。
 銀河鉄道に乗ってからの窓外の風景も「現実にありそうな風景」から乖離することなく、そこが北原版『銀河鉄道の夜』の「いいところ」なのかなと思います。原作小説を知っている者から見ると、幻想世界であるはずの銀河の風景が現実的に描かれていることに物足りなさを感じるのですが、初めて『銀河鉄道の夜』に触れる人にとっては、日常から逸脱した風景が展開されるのも戸惑いの元になるでしょう。
 むしろ、現実世界の風景も、銀河鉄道に乗ってからの風景も、同じタッチ、同じ視点、同じ次元で描かれているところが、北原版『銀河鉄道の夜』の特長と言えるかもしれません。

 ただ、やはり原作小説のダイジェストになっているところは、仕方がないとはいえ、少々残念なところ。ページ数に限りがあって原作小説のすべてを描くことは、しょせん不可能。であるならば、もう少しジョバンニとカムパネルラの、二人の心の動きに焦点を当てて構成してもよかったかも。
 二人の父親が友人同士だったこともあって、小さい頃から仲が良かったジョバンニとカムパネルラ。しかし、北の海に漁に出たまま消息を絶った父親の代わりに、朝も放課後も働いて家計を助けるジョバンニは遊ぶ暇がなく、父親が密漁で捕まったという噂もあって級友たちと疎遠になります。クラスでただひとりジョバンニを気づかってくれるカムパネルラも、遊ぶのは級友たちといっしょ。放課後、バイト先の印刷所へ急ぎながら、ジョバンニはカムパネルラを級友たちに取られてしまったような、寂しさに心を痛めます。
 だからこそ、銀河鉄道でカムパネルラと再会し、二人だけで旅ができると知ったとき、ジョバンニは飛び上がるほどうれしかったんですね。ずっと願っていたカムパネルラと友だちとして語らえる時間を邪魔されたくなかったから、隣りに座ってきた鳥捕りをうっとおしく思い、途中から乗ってきた女の子と仲良く話すカムパネルラに拗ねてしまいます。
 一方、カムパネルラはたぶん最初はジョバンニも自分と同じような事情で銀河鉄道に乗り、同じところまで行くと思っていたでしょう。でも検札でジョバンニの切符が自分とは違うもので、「どこまででも行ける」通行券と知り、そこでおそらくジョバンニと自分の間の齟齬を感じます。
 「カムパネルラとどこまでも行く」。それがかなわないかもしれないという不安を小さく抱えつつも、二人でいられる喜びに胸いっぱいのジョバンニ。
 「別れるべきところで、自分たちは別れなければならない。もはや同じ道をどこまでも行くことはできない」。結局、死という闇へはひとりで行くしかないのだと覚悟を決めたカムパネルラ。
 この二人が銀河鉄道に乗り合わせたのは、健気なジョバンニへの贈り物だったのか、それとも自分を犠牲にして人を救ったカムパネルラへの慰めと救済だったのか。

 そこから紐解いていけば、深く描かなければならないシーン、1コマで終わらせてもいいシーンの取捨選択ができて、物語がぐっと身近なものになったのではないか、と、これはシロウト考えでしょうか。
 鳥捕りを、なぜジョバンニもカムパネルラも邪魔に思ってしまったのか。なぜカムパネルラが女の子と親しく話したのか。なぜそれを見たジョバンニが哀しくなってしまったのか。そして、なぜジョバンニの「どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのサソリのように、ほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」という言葉を聞いて、カムパネルラが涙を浮かべたのか。
 一本の線でつながりそうなところが微妙にぼけてしまっていて、「ああ、もう一歩踏み込んでほしい〜」なんてちょっともだもだしてしまいました。

 あと、やはり灯台守は年老いていてほしかった。あの「なにがしあわせかわからないです」のセリフは、年齢を重ねた人が言ってこそ説得力があると思います。というか、銀河鉄道にはもっと年寄りが乗ってないと!(笑)
 それと、船が沈むときとカササギの森から聞こえてくる合唱の「讃美歌三〇六番」(讃美歌三二〇番)は、歌詞を出してもよかったのでは……。
 「主よ、みもとに 近づかん
  登る道は 十字架に
  ありともなど 悲しむべき
  主よ、みもとに 近づかん」
 この讃美歌があってこそ、灯台守の「峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから」の言葉が生きてくると思うんですけどね。

 と、まあ、こんなふうに、『銀河鉄道の夜』は、個人的な思い入れや解釈をもっている方がたくさんいる作品です。ディープでマニアックなファンが多いと言ってもいいでしょうか。ですから、北原氏が『銀河鉄道の夜』をマンガ化すると知ったとき、「うわあ、またいちばん難しい作品を……」となぜか私が頭を抱えてしまった次第。でも、完成したマンガ版を見れば、原作に忠実に、ひじょうにニュートラルな見地から描かれていて、初めて読む方に向けてなら、このかたちが最上だったかもと思えます。

 原作小説を知っている方も、知らない方も、白鳥座、鷲座、琴座が真白き「夏の大三角」を描き、蠍座の赤い星アンタレスがひときわ美しく輝く夜空のもと、ほんわかせつない北原文野版『銀河鉄道の夜』を読まれてみてはいかがでしょう。


「『マンガで読む文豪作品』ホーム社MANGA BUNGOシリーズ」サイト
http://www.shueisha.co.jp/home-sha/manga/bungo/index2.html

第一弾10冊(7月1日発売)リスト
http://www.shueisha.co.jp/home-sha/manga/bungo/bungo.html

集英社文庫「世界をめくろう。 ナツイチ2010」サイト
http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/



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# 世界に「こころ」を届ける12歳の郵便配達員……『テガミバチ』

  偶然、先月末に浅田弘幸のマンガ『テガミバチ』(集英社/ジャンプ・コミックス)を読んでいたので、このたび私が出した小包が遭遇した「ゆうパック」の遅配との妙な符合に苦笑してしまいました。

 2007年11月に創刊した「ジャンプスクエア 2007年12月号」で見たときから気になっていたマンガ。コミックのカバーイラストが独特のブルー系でまとめられていて、雰囲気があってとても美しいのですv


 一日中沈むことのない「人工太陽」に照らされたアンバーグラウンド国。人工太陽の直下にある首都「アカツキ」は、女帝を中心に、政府に選ばれたごく少数の特権階級が住まう地だった。アカツキと大河を隔てた外周にある「ユウサリ」は、人工太陽の光がぎりぎり届く黄昏の地で、中産階級が住んでいる。さらに大河を隔てた外周にある「ヨダカ」は、内側から外側に向かうにつれ闇が深くなる夜の地で、下等階級の人々が貧しく暮らしていた。
 これら三つのエリアはそれぞれの大河に一本だけかかる橋で結ばれていたが、それを渡るには政府発行の「通行許可証」が必要だった。通行証は政府に貢献することでしか入手できず、特にユウサリからアカツキへの「首都通行証」はひと握りの選ばれた者にしか許されなかった。

 黄昏の地ユウサリも、夜闇の地ヨダカも、町や村、集落はそれぞれが山脈や砂漠、荒野に隔てられて点在する。人が住まないところの多くには、鎧虫(ガイチュウ)という、人の「こころ」をエサにする、剣も銃弾も利かない生物が巣食っている。離れたところに住む人々の往来は困難で、ましてやエリアを越えて行き来することは不可能に近かった。そこで利用されたのが、郵便である。
 ユウサリの中央市(ユウサリ・セントラル)にある郵便館「BEE-HIVE(ハチノス)」に所属するのは、アンバーグラウンド国家公務郵便配達員「BEE」。通称、テガミバチ。マニュアルに曰く、「首都をのぞいたこの国の町から町へ旅をし、どんな危険すらいとわず、国民の大切な『テガミ』をお届けする。それこそが、テガミバチの仕事なのです」。


 ヨダカの町レングスのはずれ、コーザ・ベルに母とふたりで暮らしていた7歳のラグ・シーイングは、ある日、「悪いやつら」に襲撃され、家を燃やされ、母をアカツキに連れ去られる。ひとり荒野に残されたラグには、何者かにより切手貼付済みの配達用紙が貼られていた。彼は、テガミバチのゴーシュ・スエードに集荷され、「テガミ」としてヨダカ南端の港町キャンベル・リートゥスに運ばれることに……。

 18歳のゴーシュはテガミバチのエースで、実績と技能を評価され、この配達が終われば、アカツキへの栄転が待っていた。ラグは、母を奪われ、家を失い、知り合いの元とはいえ見知らぬ町に連れて行かれる恐怖と怒りと不安でいっぱいいっぱいになっていたが、ゴーシュは「『テガミ』の内容をテガミバチが盗み見するわけにはいきません」と言い、「(キミ自身のことなど)知ったことではないのです」と突き放す。
 ゴーシュの徹底したビジネスライクでドライな言動に反発しながらも、鎧虫に襲われたときの冷静な対処や、テガミバチへの疑問に真面目に答えてくれる誠実な態度に、少しずつ信頼を寄せていくラグ。テガミバチの使う、自らの「こころ」の欠片を武器とする心弾銃の作用により、ゴーシュの妹や幼なじみの姿を垣間見てからは、親しみも感じるようになる。ゴーシュもまた、ラグが引き起こした心弾銃の暴発によって彼と母親の身に起こったことを知り、「こころ」を揺らされる。

 十日間の旅は順調に進み、明日はキャンベル・リートゥスに到着するという日。母を取り戻すためにアカツキへ連れて行ってほしいとせがむラグを、ゴーシュは拒絶する。ラグを目的地に届けるのが仕事のすべて。ラグの事情は自分には関係がなく、友人となって力を貸すことなどできないと言い放つ彼に失望したラグは、心弾銃を盗み、ひとり白い砂漠を行く。足下の砂が崩れたとき、ラグはアリジゴクのような鎧虫の巣の中にいた。
 ラグ目がけて鎧虫がくり出した角は、駆けつけて彼を庇ったゴーシュを傷つける。重傷を負いながらも、諦めることなくアリジゴクのすり鉢から活路を見出そうとするゴーシュ。
 「命をかけてきみを必ずキャンベルに届けます…!! それがテガミバチの仕事ですから…!!」。
 ずっと反発を覚えてきた「仕事」という言葉の重みをようやく理解するラグ。泣きながら放った心弾は、鎧虫を粉々に吹き飛ばした。

 意識を無くしたゴーシュを肩にかつぎ、引きずって、数十キール(距離の単位)。ラグはやっとの思いでキャンベル・リートゥスに到着する……。
 いよいよ別れというとき、ゴーシュはラグがいちばん欲しかったものをくれた。「友達」という言葉を。「もう…配達は終わったんだよ、ラグ…」「キミはもう『テガミ』ではなく一人前の男だよ…ラグ・シーイング」。

 5年後。国家公務員の一次審査にパスし、国家公務郵便館員の面接審査を受けるため、ヨダカからユウサリに向かうラグの姿があった。
 目標は、すべての人の「会いたくても会えない人」への「こころ」、すなわち「テガミ」を、どんなに困難な条件のもと、状況のもとでも届けることを目指した、ゴーシュのようなテガミバチになること。そして、いつかアカツキに渡り、ゴーシュと母に再会する。それだけを胸にユウサリ・セントラルに到着したラグを待っていたのは、過酷な事実だった。4年半前、アカツキで勤務していたゴーシュは「こころ」を失い、「BEE」を解雇され、行方不明になっていたのだ。
 テガミバチとして世界中を旅し、ゴーシュを見つける。「こころ」を失っているなら、取り戻してみせる。──新たな決意を固め、新米テガミバチの配達行が始まった。


 以上のあらすじは1・2巻のもの。10巻を重ねた今、物語はかなり核心に近づいてきました。
 ラグについては、女帝に似ている母親のこと、「瞬きの日」生まれであること、左目が精霊琥珀の義眼であること、自身の持ち得ない記憶の風景をもっていることなど、「人工太陽」との接点をさまざま感じるのですが、「太陽神」の名をもつ子なのでそんなに心配していません。
 さて、人工太陽に代わるエネルギー源として、太古に存在した「大地のエネルギーを宿した精霊虫」を人工でつくろうと、政府が行なったと噂される「人工精霊計画」。計画では、ヨダカやユウサリからアカツキに呼び寄せられた人間がさまざまな生物と融合され、ことごとく失敗作として廃棄されたと囁かれています。かろうじて生き残った実験体たちは「精霊になれなかった者」と称し、反政府組織「リバース」を結成。格差社会の象徴である「人工太陽」の消滅と「闇」のなかでの世界の再生を画策します。
 ゴーシュの相棒(ディンゴ)のロダは、もとはイヌに似た生き物でした。彼女は「人工精霊計画」によって少女の姿となり、過去の記憶を失ったまま、「リバース」のロレンスの命令でノワールのディンゴになります。
 「精霊になれなかった者」を名乗り、「リバース」の重要人物らしいロレンスが、瀕死の状態で「こころ」も記憶も失ったゴーシュにかけた言葉が「『光』から生還した、たった一人の人間」。ロダも「彼は世界を救うために必要な人」なんて言ってます。
 ついでに、ラグの左目に定着している精霊琥珀のように、本来の「こころ」を失っても心弾銃が使えるゴーシュのように、アルビス種は精霊と相性がいいらしい。……などなどキーワードを拾っていくと、「黒(ノワール)」の別名をもつゴーシュの先行きはまさに真っ暗としか思えない。ラグ、なんとかしてください……。
 「毒なしの物語で」という作者の言葉を信じたいところです(表向きはさまざまな人に「こころ」を届けるほのぼのした物語で進行してるけど、裏はけっこう毒が含まれているので、かなり不安)。


 この『テガミバチ』、2009年10月3日〜2010年3月27日にアニメ作品が放送されました。現在もテレビ東京で毎週木曜深夜3:40〜再放送中、キッズステーションでも放送中です。特に前半の原作にあるストーリーの話数はとてもいいできだと思います。アニメとして面白いv
 10月より第2期が放送予定です。第1期がコミック第5巻までだったので、第2期はラグ&「ハチノス」VSノワール&「リバース」のストーリーになりそうですね。
 個人的に「カベルネ」がアニメ化されるとどんな色になるのか見てみたい。幼虫時代、ノワールの心弾におびき出されるようすがかわいいのです。成虫になってからは恐怖の権化ですが、色が気になるのですよ。かわいい水色とかだったらどうしよう……。オニヤンマやキンヤンマよりギンヤンマが好きv
 原作コミックもアニメ第2期も楽しみな作品です。


「ジャンプスクエアSQ.『テガミバチ』」サイト
http://jumpsq.shueisha.co.jp/contents/t_bachi/index.html


「テレビ東京・あにてれ『テガミバチ』」サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/tegamibachi/


「テガミバチ」公式サイト
http://www.tegamibachi.com/



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# ふりむけば、本がいる。……『ねこめ〜わく』

 19日から三日がかりで部屋の大掃除をしました。床に積みあげた本を崩しながら、ダンボール箱に押し込んでいた本を要不要に分別しながら、思ったこと……「今ならヘンリヒの気持ちがわかる気がする」。

 ヘンリヒ・マイヤーは竹本泉のマンガ『ねこめ〜わく』(宙出版・朝日新聞出版)に登場するキャラクター。宇宙軍のテストパイロットで、亜光速宇宙船の試験飛行に出発したら、航宙中にウラシマ効果で5千年が経過。故郷の惑星に帰還してみれば、人間たちは進化させた猫たちを残してどこかへ去ってしまったあとだったという、なんと言っていいかわからないくらい不幸体質な青年です。
 二本足で立ち歩き、人間の言葉を理解して話せる猫たちにとって、自分たちを進化させた人間は神にも等しい存在。四足歩行でニャーニャー鳴く地球の猫を「原猫(げんねこ)」と呼び、自分たちはできるだけ人間に近づこうと、人間の「遺跡」である国立国会図書館に保管されていた書物を研究、その文明を忠実に再現しようとしていました。そこへ当の人間の出現です。猫たちは人間の生活を教わりたいと、ヘンリヒにまとわりつくのでした。
 ところが、ヘンリヒは小動物が苦手なうえに猫アレルギー。ふわふわ飛ぶ猫の毛にくしゃみが止まりません。人間は自分ただひとり。猫だらけの故郷は地獄に等しく、彼は国立国会図書館に引きこもり、猫たちに「立ち入り禁止」を言い渡します。
 人間の研究ができず困った猫たちは、魔術で異次元の惑星・地球から女子高生の村上百合子を召喚。図書館を開放するようヘンリヒを説得してほしいと頼みます。ひねくれ者のヘンリヒの言動に腹を立てながらも、百合子は彼と猫たちとの架け橋を務めることに……。
 猫の世界の猫たちは、地球における19世紀末風の洋服を着こなし、偉そげなことも言いますが、しょせんは猫。こたつを見ると入りたくなるし、驚くと目がまん丸になるし、お祭り騒ぎをしたあとは先祖返りをして猫そのものになってしまう。そんな猫たちにツッコミ入れまくりの百合子とヘンリヒのコンビには、ちょっぴり甘酸っぱいものもあったり。
 ユルいんだけど、そこここ本格SFな『ねこめ〜わく』。朝日新聞出版より6巻まで刊行されています。忘れたころにぽろっと新刊が出るところも、ユルくていい……かも。

 2000年にデータム・ポリスターから発売されたドラマCD『音盤ねこめ〜わく』にはオリジナルドラマ5話分(百合子の声は平松晶子、ヘンリヒは塩沢兼人)と百合子、ヘンリヒ、シマシマ(職業・弁護士の縞猫)、クロフ(株式仲買人の黒猫)それぞれのイメージソングが収録されています。そのなかで、森本公三が歌うヘンリヒの歌「ふりむけば猫」に、こんなフレーズがあります。

 「ふりむけば猫 みわたせば猫
  前も後ろも 左も右も ぐるっと360度
  十字路の街角 喫茶店の裏
  ふりむけば猫がいる」
 (作詞/竹本泉 作曲・編曲・歌/森本公三)

 「いい声でなにを歌ってはるんですか」という感じなんですが(笑)。

 今回、掃除をしていてですね。ダンボール箱に入れるものは入れて、不要なものから順に積み上げて。本棚もシリーズごとにまとめて、美しく収まったとホッとして。そんなときですよ。まとめた紙ゴミを退けてみたら、下から本が! フロアテーブルを動かしてみたら、陰から本が! 仕事机の上を見たら、一時避難的に置いておいた本が! 視線を向ける先から本が出てくる。手を伸ばす先から本が出てくる。もうどんだけ本、本、本やという。
 積み上げたダンボール箱をまた下ろして、下方の箱に入れ場所を見つけたり。美しくまとめた本棚の本をまたあっちこっちと動かして、置き場所を確保したり。……これだけ本に苦労するということは、前世でなにか因果因縁があったに違いない。焚書でもしましたかね。
 思えば、このマンションに決めたのも、鉄筋コンクリート建てで多少のことでは床が抜けそうになかったから、というのが理由ですしね。本に振り回される人生というのはちょっとイヤかも、と思い始めたこのごろ。でもやっぱり買っちゃうんだろうけどさ。


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# 紫陽花の青が鮮やかな日に懐かしい顔に再会……『天を見つめて地の底で』

  昨日、書店に寄ったら、マンガ雑誌コーナーに平積みにされていた雑誌にとても懐かしいキャラクターを発見! 高橋美由紀の『天を見つめて地の底で』の聖さんではないですか!! 表紙の煽り文句は「あの伝説の作品が、新シリーズで奇跡の復活!」。ええええーっ!? というわけで、「ミステリーボニータ 7月号」(秋田書店)を持って即行レジへ。
 コミック最終巻の18巻が出たのが2000(平成12)年だから、もう10年も前ですか。『天・地』は相思相愛の天使と人間が、その想いの深さゆえにすれ違いにすれ違いを重ねる物語です。

 天使は、はるか昔、親友のルシフェルに唆され、神に弓を引き、天界から堕とされた堕天使。その後、魔王となったルシフェルの元から逃れた天使は、いつか許されて「天の扉」が開き、天界へ帰ることを唯一の望みとして、人間界を放浪します。人間の歴史に寄り添うような悠久の旅のなか、知り合った人間のひとりから「本條聖」と名付けられ、以後、そう名乗るように。
 ルシフェルは、自分に匹敵する力をもつ聖が敵となるのを恐れ(聖への複雑な思いもあり)、人間界に魔物を送り込んで地底(魔界)へ連れ戻そうとします。ま た、突然に人間界と魔界を隔てる魔道が開いて魔物が襲来することもあり、聖の旅は常に緊張と戦闘を強いられるものでした。
 そんなあるとき、魔道が開いた高校に女子高生として入り込んだ聖は、同級生の麻宮洋に正体を知られてしまいます。男でも女でもなく、天使の羽と魔物の角をもつ聖。魔物に襲われた人間に哀れみをかけるどころか、むしろ自分を害した人間を囮にして魔物を倒そうとする聖。敵と見なした者は魔物でも人間でも容赦はしない。人間ではなく、聖でも魔でもないその正体を目の当たりにして、なお聖を気づかう洋。長い長い旅路のなかで、聖の真の姿を知っても変わらなかったのはたったひとり、洋だけ。
 その地を去るとき、自分に関わった人間の自分に関する記憶をすべて消去するのが、聖の常。しかし洋の記憶だけは消すことができませんでした。
 ──天使の力は愛する者には効かない。
 洋が自分にとって特別な存在になってしまったことに気づく聖。それはルシフェルの知るところとなり、魔王は「洋が生き続けるかぎり、この国に雨は降らない。それを止めたければ、魔界へ戻れ」と聖に迫ります。未曾有の干ばつに、危機に瀕する日本。
 聖を魔界へ堕としたくない、日本を滅ぼしたくもない。洋にできる選択はたったひとつ。
 洋を失いたくはない、魔界へ堕ちたくもない。聖が選んだのは相討ち覚悟のルシフェルとの決闘。そのとき、乾いた大地に雨が降り出します。
 恵みの雨が降りしきるなか、空に開いた「天の扉」に聖が願ったこと。それは……。

 天の力により聖の記憶を失ったはずの洋。しかし彼は、街なかですれ違った聖の姿に振り返り、そして姿を消すのでした。
 天使と人間、ふたりの旅は続きます。天使は、彼の人間としての人生を壊してしまう前に別れ、自分にとって天にも等しい光である彼の生を陰ながら見守っていきたいと願いながら。人間は、天使が地上をさまようかぎり傍にいてその孤独を癒し、いつか自分こそが「天の扉」を見つけ、天使を天へ帰すのだと願いながら。

 最終巻でようやく別れが前提のすれ違い愛にも決着がついたかと思ったのに、連載再開の『新章』ではまたぐるぐるやってるよ……。
 あれだけふたり共通の友人たちも、魔界の堕天使たちも振り回しておいて、究極の殺し文句で告白をして、また繰り返すのか(主に洋が!)。ほんとにお前らときたら、連載終了から10年経っても相変わらずで、イラッとくるような、ホッとしたような。

 「好いた惚れた」がテーマの小説やマンガ、ドラマが苦手だと思い込んでいた私に、「自分、意外とメロドラマいけるやん!」と開眼させてくれた作品です(笑)。まあ、純粋なメロドラマとは言い難いですけどね。
 1992(平成4)年にイメージアルバムも発売されたのですが、美しくもせつない旋律の楽曲もさることながら、洋のイメージソングを歌う野見山正貴のやさしい深みと色気のある男らしい声がのけぞるほどよくて、今でもよく聴くCDの一枚です(つか、まさに今聴いてます)。

 さて、この『新章』、どう展開していくのか。聖と洋の気持ちが少しは変化したのかどうかも合わせて、しばらく追ってみたいと思います。


「高橋美由紀公式ホームページ」内『天を見つめて地の底で』
http://t-miyuki.jp/prof/?key=A01


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# 水面に沈む紅葉をすくい上げる刀刃……アニメ『さらい屋 五葉』

 今期のドラマ・アニメで「絶対に見逃さない!」という勢いで観ているのが、『新参者』と『さらい屋 五葉』。『龍馬伝』と『おみやさん』と『怪物くん』は、ちょうど家にいて、時間が合えば観ています。
 アニメのエアチェックがぐっと減りました。仕事がアニメから離れたためか。今期だけのことなのか(今、自宅で仕事しているので、あんまりテレビをかけないのです)。

 さて、『さらい屋 五葉』。時代小説も時代劇も時代アニメも滅多に読まない観ない私が、珍しくハマっています。
 アニメ制作がマングローブと聞いたときに、『サムライチャンプルー』をつくった会社だから和装の動きはどこよりもバッチリだろうし、『スカルマン THE SKULL MAN』的なダークでドライな画面も期待できるなあ、と。監督の望月智充は、マニアックな作品でもそのエッセンスをうまくすくい上げて、一般の視聴者にも入りやすく再構成するのに長けた方。キャラクターデザイン・作画監督の中澤一登も、『サムライチャンプルー』のキャラクターデザイナーで、人物の描き方、動かし方に独特の色気や面白味がある方。
 ついでに、『さらい屋 五葉』の原作者であるオノ・ナツメはその作品に熱心なファンが多いマンガ家で、業界内にもハマっている人が多数。去年、アニメ化された『リストランテ・パラディーゾ』は、アニメ制作スタッフの愛をそこかしこに感じる作品に仕上がっていました。
 だから、今期、これだけは観ないとなあと思っていたんです。

 そして、予感したとおり、やっぱり面白い! 原作マンガの乾いた白黒の世界を、カラーでありながら、決してハデに陥らず、どこか乾いた雰囲気によく再現していると思います。

 時は江戸時代のいつごろか。藩主から暇を出され、本家の叔父に任された仕事も辞した秋津政之助(まさのすけ)は、江戸で浪人として暮らしていた。生来の上がり症から人前で刀を振るうことができず、長身を誇りながらも猫背の彼は、「頼りなさ」「気弱さ」全開。商家の用心棒の職を希望しても、二、三日でクビにされる始末。借金を抱えた実家への送金どころか、その日の暮らしにも事欠く彼は、偶然知り合った弥一(やいち)という青年の「用心棒として雇いたい」という言葉に、渡りに舟と乗ってしまう。
 実は弥一は「五葉(ごよう)」という賊の頭目だった。五葉は、旗本や商家から子息を誘拐して身代金を奪う「さらい屋」で、お上に訴え出ることができない悪行三昧の金満家を狙うため、手配されるどころか、市中でその名が噂になることもなかった。メンバーは弥一のほか、妖艶な美女のおたけ、ひとり娘と居酒屋を営む梅造、無口な飾り職人の松吉。それに、自宅を人質の隠し場所に提供している、「ご隠居」と呼ばれる老人。
 人目さえなければ剣の腕は達人級の政之助を見込んだ弥一は、(「見ていて飽きない」という理由で)彼を五葉に引き入れようとする。実家の借金のため、悩みながらも関わっていく政之助。お人好しの彼の野暮な言動が油断させるのか、五葉の誰彼が隠してきた素性や過去を語り聞かせることもしばしば。また、十年以上前に隣家の旗本屋敷で起こった子息の誘拐事件と、使用人としてその子息の世話をしていた親友の死の謎を調べる与力・八木平左衛門も、弥一に探りを入れるため、政之助を利用する。
 政之助の誠意は五葉の意外な絆の深さを暴き、そして自覚のないまま弥一を立場的にも精神的にも追い詰めていく。

 アニメで特に注目しているのが、政之助が刀の鯉口を切るシーン。重みと色気を感じるのですよ。
 実家にある弟の五月人形には、弓矢と対で飾り太刀が付いていました。革包の鞘や柄の拵えは金具から下緒まで本格的なものでしたが、刀身はもちろんおもちゃ。でも金属製だったので、結構な重さがあったのです。飾るたびに汚れなどの異状がないか抜いて調べていたのですが、その鯉口を切るときに、当然のことながらハバキの抵抗を感じるわけです。左手で持っているときより、右手で柄を持ち、左手の親指で鍔を押したときのほうが、刀が重くなるような……。
 「侍は鯉口を切ると、スラリと抜き放った。鞘から滑り出た刀身が、月光を弾いて一閃する。」と書くより、「侍は鯉口を切った。親指が鍔を押す一瞬、感じたそれは、命の重みか。相手の、あるいは己の。スラリと鞘を滑り、抜き放たれた刀身が、月光を弾いて一閃する。」とかなんとか、ひと呼吸分ほどなにか欲しい、そんな感覚。
 間を取るわけでもなく、スローで見せるわけでもない。でも、アニメの政之助の抜刀には、なんとなく、その「ひと呼吸分の重さ」が感じられるような気がするのです。さらに、いつもは猫背をさらに縮めるような、おどおどとした政之助が、ひとたび刀を抜けば、美しいほどの剣舞を見せつける、その色気にも参りました。
 ちなみに、今までのところ、第1話と第6話にしか、刀を抜いた政之助は出てきませんけどね(一応、時代物。一応、浪人が主人公)。
  
 アニメはフジテレビの「ノイタミナ」枠で第7話まで放送。全12話の予定。弥一の回想として、旗本・三枝家の子息「誠之進」と使用人「弥一」の関係、そして「誠之進」の誘拐が描かれたということは……。盗賊の白楽(ばくろ)とその一味だった「霧中の誠」のこと、裏切り者として追われる弥一のために政之助がついにヤッてしまうところまで放送するのかな? あと5話分でそこまで行くんだろうか……。

 オノ・ナツメの原作もお薦めです。『さらい屋 五葉』(小学館/IKKI COMIX)7巻まで発売中。


「TVアニメ『さらい屋 五葉』公式サイト」
http://www.goyou-anime.jp/



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# 美しく歪んだ鏡の世界へようこそ!……『Dr.パルナサスの鏡』

 新宿ピカデリーで『Dr.パルナサスの鏡』を観ました。
 原題は『The Imaginarium of Doctor Parnassus』(「パルナサス博士の欲望投影館」とでも訳しましょうか)。映画を観れば、邦題より原題のほうがしっくりきます。

 2007年のロンドンを四頭立ての馬車が走ります。街角で止まったその大きな馬車の前面がゆっくりと倒れて、現われたのは即席の舞台。「イマジナリウム」と名付けられたその出し物は、舞台中央の鏡に入れば、人生が変わるほど素晴らしい世界が見られるというもの。千歳を超えるというふれこみのパルナサス博士、博士の娘で美貌のヴァレンティナ、こびとのパーシー、そしてアントンの懸命の呼び込みにも関わらず、お金を払って鏡に入る客は誰もいないのでした。
 舞台を畳んで移動する最中、アントンとヴァレンティナ、パーシーはテームズ川にかかる橋で首を吊っている男を見つけます。慌てて助ける三人。喉に小さな笛を仕掛けることで窒息をまぬがれた男でしたが、気絶から覚めた彼はなにも思い出せないと言います。トニーと呼ばれることになった彼は、行くところもなく、一座に加わって客引きをすることに。顔は仮面で隠しているものの、その男らしい雰囲気と達者な口と洗練されたアイデアで、トニーは次々に女性客を舞台に呼びこむのでした。

 さて、千年以上前、パルナサス博士は人里離れた山奥の東洋的な寺院を仕切る高僧でした。世界が滅亡しないよう、昼も夜も弟子たちと決して途切らせていけない物語を紡ぐ。そんな毎日を暮らす彼の前に、悪魔がやってきました。
 世界を秩序正しく巡らせることを使命とするパルナサスに、悪魔は賭けを持ちかけます。いわく、自分よりひとりでも多く信者を獲得できたら、望むものを与える、と。当時、世界はまだ純で、パルナサスは勝利を収め、永遠の命を手に入れます。その賭けは今日まで何度も繰り返されており、時代を経るにつれてパルナサスが勝つことは難しくなってきていました。
 あるとき、パルナサスは一人の女性に恋します。彼女を自分のものにしたいと願った彼は、あるものと引き換えに、悪魔から若さとそして死を返してもらいます。2007年の今、その「あるもの」を引き渡す期限があと三日と迫っていました。

 鑑賞している間、ゾロアスター教のアフラ・マズダーとアンラ・マンユの拮抗とか、ゲーテの『ファウスト』とかが思い出されてならなかったわけですが……。
 特に「イマジナリウム」、すなわち鏡に入った者の欲望の映像化がすばらしかったです。現実世界が、夜のシーンが多いこともあって全体的に暗くて薄汚れた感じなのに比べて、鏡に入ったとたん、明るく、美しく、目の前が開けたようになるところ、これは絶対に映画館のスクリーンで見るべきだと思いました。大スクリーンで見ると、本当にそのファンタスティックな世界に入り込んだように感じられます。
 この「イマジナリウム」の中で、入場者は選択を迫られます。そこが、パルナサスの信者となるか、悪魔の信者となるかの分岐点になるわけです。

 ストーリーは「罪ある者には必ず罰が下る」というシンプルなものなのですが、パルナサス博士がいろいろミスリードしてくれるので飽きません。実際、途中まではトニーとヴァレンティナとアントンの三角関係の話かと思っちゃったしな。
 パルナサス博士役のクリストファー・プラマーの演技がまたいいんですよ! 数々の映画の中で必ずその姿、仕種が印象に残るサブキャラクターを演じてきたプラナー。このたびは主演(トニーが主人公とされていますが、私にはパルナサス博士が主人公に思えてしょうがない)で、悪魔に怯えて酒が手放せず、誰ひとり自分の話を聞いてくれない虚しさに心が折れてしまう脆弱を前面に押し出しながら、ほんのちょっとしたことで調子づき、自分の策略がうまくいくとちょろっと舌を出すような、愛すべき老人を好演しています。
 今秋、日本公開の『終着駅-トルストイ最後の旅-』(原題『The Last Station』)ではトルストイを演じているので、こちらも絶対観ないとなあ、なのです。

 あと、この映画、2008年1月、28歳で急性薬物中毒で死亡したヒース・レジャーの遺作でもあります。「現実世界のトニー」のシーンを撮り終わった段階での出来事で、テリー・ギリアム監督は一度は制作中止を考えたそう。でも、スタッフの声に励まされて、まずヒースの親友だったジョニー・デップに声をかけたところ、出演を快諾。次に打診したジュード・ロウ、コリン・ファレルも、ヒースが撮り残したシーンを、デップと三人で分けることを承知。
 こうして「イマジナリウムの中でのトニー」は、女性客の理想を映したときはジョニー・デップ、自分の欲望を映したときはジュード・ロウ、ヴァレンティナの願望を映したときはコリン・ファレルと、3つの顔をもつことになったのでした。

 美しいイマジネーション、しかしそれは人間の欲望。暗くて汚くてしんどい現実、しかしそこにこそ涙あふれる喜びと美がある。こう書けば、道徳的な映画と取られそうですが、むしろヤバイほうへヤバイほうへイッちゃってる映画です(笑)。むくつけき警官たちが婦警のミニスカートをはいたうえ、歌って踊って、最後は黒のパンティストッキングに包まれた尻を一斉に出しちゃうんだぞ。

 1月からの上映なので、そろそろ終了しそう。ぜひ映画館でご覧になってください。


映画『Dr.パルナサスの鏡』公式サイト
http://www.parnassus.jp/index.html


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# 汚いヴィクトリア朝ロンドンに感動!……『シャーロック・ホームズ』

 新宿ミラノ1で『シャーロック・ホームズ』を鑑賞しました。
 ジェレミー・ブレット演じるシャーロック・ホームズ、およびデヴィッド・バーグあるいはエドワード・ハードウィック演じるドクター・ワトソンが活躍する、グラナダTV版『シャーロック・ホームズの冒険』に慣れた人には、かなり違和感があるだろうなという、「ホームズもの」の最新作です。

 まず、ロバート・ダウニー・Jr.が演じるホームズがえらくスポーツマンです(笑)。
 原作にはちゃんとボクシングはプロ級とか、日本を発祥とする東洋武術「バリツ」を体得しているとか、フェンシングも得意とか書かれているわけですが、これまでの作品ではあまりクローズアップされてきませんでした。冷静沈着で頭脳派、敵とは論理と推理で相対し、ときどきやむを得ず拳闘や武術、フェンシングの技を使って危機を脱するというのが、今までのホームズの基本形だったと思います。
 ところが、『シャーロック・ホームズ』は、ホームズが敵を殴って蹴って再起不能にするところから始まります。それも相手を見て一瞬で、まず耳を殴って、次に喉を打ち、反撃してきたところを肘で受けて、腹へ一発、最後に膝の皿を割る、と先読みしてから、そのとおりに手足を繰り出し、ノックアウト! この調子で賭けボクシングにも挑戦し、ホームズに賭けて勝った配当金でワトソンはメアリーへの婚約指輪を買いました。
 では、バリバリムキムキの体育会系かと言うと、さにあらず。いつも寝起きのごとく髪も服装も表情もボサボサしていて、ソファの上でナマコみたいにノタっている印象。なにかと頭のいいことを言うし、皮肉も鋭く、衝動的な行動はワトソンも追いつけないほど速いけれど、どうにもこうにもくたびれたダメンズの匂いがぷんぷんします。

 一方、ジュード・ロウ扮するジョン・H・ワトソンも、従来の大人しげで謙虚な「お人柄」はどこへやら。暴れまくるホームズに合わせて、こちらは仕込杖と短銃でバッタバッタと敵を倒します。ホームズの憎まれ口には鉄拳制裁。医師としてかなりの自信家。ただし、ホームズに比べると、礼儀正しく、温和で、服装もきちんとした紳士で、エキセントリックなところのない常識家、なにより友情に厚い。このあたり、ホームズの相棒のドクター・ワトソンとして押さえてほしいところはきっちり押さえてあります。
 個人的には、こちらのワトソンのほうが原作に近く思えて、「ああ、やっとワトソンらしいワトソンが見られた」という感想(デヴィッド・バーグやエドワード・ハードウィックのワトソンももちろん好きですけどね)。

 時は1888年。ベーカー街221Bのハドソン夫人の下宿で、7年もの間、ルームシェアしてきたホームズとワトソンですが、その生活にも終りが来ました。ワトソンがメアリーと婚約し、高級住宅街に新居を構えることになったのです。「一度、メアリーと会ってくれ」というワトソンの申し出を、ホームズはなにかと理由をつけて避けます。ようやく会わせてみれば、メアリーのネックレスが借り物だとか、ワトソンの前に婚約者がいたとか、言わなくていいことを言い当てて、メアリーにワインをかけられ、ワトソンにも愛想をつかれる始末。
 「ワトソンさんに出て行かれたら、私ではホームズさんを扱いきれないわ」というハドソン夫人の嘆きをよそに、ワトソンの引っ越し準備は着々と進みます。

 黒ミサを行ない、5人もの女性を生贄として殺した秘密組織の主犯・ブラックウッド卿を捕らえたホームズとワトソン。ワトソンはこれをホームズとの「最後の事件」にするつもりでしたが、絞首刑に処せられた卿が生き返ったとの報を受けて、関わらざるを得なくなります。
 アイリーン・アドラーが失踪者探しを依頼に来たり、その失踪者がブラックウッド卿の棺から見つかったり。謎はどんどん大きくなり、ついには英国転覆計画へとつながっていきます。
 レストレード警部の意外な芝居っ気が見られたり、ホームズの宿敵の「あの方」も現われたりで、ホームズファンへのくすぐりも忘れられていないところ、制作スタッフみんながファンなんだろうなあと思わされます。

 ワトソンがメアリーへの婚約指輪をまだ買っていないというのが、ワトソンを失いたくないホームズの最後の砦だったわけですが、あんまり突っつき過ぎて買われてしまったり(笑)。ワトソンが医師として検死をしたブラックウッド卿が生き返ったことで、「僕は、開業医となる君の評判を気にしてやってるんだ」とグチグチ言って事件に巻き込んだり。
 そんな子どもっぽいホームズの「ついてきて、ついてきて、ついてきてったらついてきて」という声に出さない求めに、頭を振りながら、苦笑しながら、「僕がついてないとダメだもんなあ」という、ダメンズに惚れた女性みたいに応じてしまうワトソンが笑えます。と言うか、この二人、設定ではホームズ34歳、ワトソン36歳のはずなんですが、かなり言動がかわいい(笑)。

 なにより特筆すべきは、この映画には「汚いヴィクトリア朝ロンドン」が描かれていることでしょう。
 19世紀末のロンドンと言うと、映画やTVドラマでは懐古趣味よろしく、石造りの建物と石畳に反射するガス灯のほのかな光、テームズ川からの霧にむせんで、なにもかもが輪郭をなくすような、曖昧模糊としてロマンチックな風景に描かれることが多いのですが、実のところ、すごく汚い場所でした。霧の正体は、産業革命でどんどん石炭が燃やされた、その煤まじりの煙がテームズ川に湧く霧と合わさったスモッグ。その下に暮らす貧民たちは風呂に入る習慣もなく、道端に捨てられた生ゴミと水はけが悪く乾く間もない汚水と共に暮らし、スラムは汚泥の地でした。
 私が観てきた映像では初めてじゃないかな。ここまで本格的にヴィクトリア朝ロンドンの汚い下町を描写してみせたのは。鉄サビが浮いた船が列をなして浮かぶ、ヘドロだらけのテームズ川の匂いまでしてきそうだったもの。
 街角にいる人々にも「ヴィクトリア朝」という語に想起されがちな上品さよりは、普通にそのあたりを歩いている人のガサツさが見えて、気取った感じがまったくなかったのがよかったです。
 「これだよ! こういうヴィクトリア朝ロンドンが見たかったんだよ!」ということで、個人的にはたいへん満足な映画でした。


映画『シャーロック・ホームズ』オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/sherlock/


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# ディック・フランシスの作品を宣伝してみる

 ディック・フランシスの小説をたとえるなら、現代の『アーサー王物語』だと思うわけです。
 アーサー王の「円卓の騎士」には、「湖の騎士」ラン スロット、ガウェイン、ケイ(アーサー王の乳兄弟)、「悲しみの子」トリスタン、「世界で最も偉大な騎士」ガラハッド(ランスロットの息子)、パーシヴァ ル(「白鳥の騎士」ローエングリンの父親)、ボールス、モルドレッド(アーサー王の息子)などなどが名を連ねています。朝から正午までは力が3倍になると いう豪傑や大変な毒舌家がいれば、不倫、二股、禁断の愛に走る者もいたりして、メンバーはなかなかに個性的。
 彼らが目指すものは、王の守護であったり、恋の成就であったり、聖杯の探求であったり、いろいろですが、思いは常に一途です。そして、その行動の根底を貫いているのが騎士道精神!
  まあ、アーサー王ファンにとってみれば、ランスロットはとんでもない裏切り者なわけですが、「最も誉れ高き最高の騎士」が騎士道と不義の恋の間で苦悩し、 結局は恋に殉じることになるのが一途といえば一途。その人気ぶりは、トランプの絵札、クラブのジャックになってしまったほど。

 フランシ スの小説の主人公たちも、職業、趣味、性格ともにばらばらで、上流階級に属する者から、商業活動の成功者、知識階級、中産階級、労働者階級とそれぞれ「住 む世界」も違います。目指すものも、守るべきものの守護であったり、恋の成就であったり、自信の回復であったり、退屈な日常を離れたスリルだったりするわ けですが、最終的には「自分という人間の器の確認」に帰結します。さらに、どの主人公の行動にも騎士道精神が感じられて、敵にまっすぐに挑んでいくその姿 には中世の騎士の面影が重なるよう……。
 この、帰結する部分が同じなところと、主人公全員が騎士的行動をとるところが、フランシスの作品がマン ネリと言われる所以なのですが、人気作家となった理由もそこにあるわけで。読み手が主人公の行動に共感を抱き、むしろカッコいいとさえ思い、読み終えて 「ああ、すっきりした」と思える作品を1年に1作というペースで生み出し続けたことに、フランシスの偉大さがあると思うのです。

 実際、 英国の男性を見ると、行動の基盤には未だに騎士道精神が息づいているんだなあと感じます。特に女性への礼儀とか、他人への親切とか、言動に誠実で、寛大で あろうとするところは、美徳だと思います。ただ、それらは自分に自信と余裕がないとなかなかできないところで、気位の高さも見え隠れするんですけどね。

  もうひとつ、特筆すべきは、歴史のなかで脈々と受け継がれてきた英国独特の階級意識で、フランシスは小説の登場人物たちの言動においてそれをみごとに描写 しています。そこは、ウェールズの騎手の家に生まれ、障害競馬の騎手となり、最多勝利騎手の栄誉を得て成功。さらにクイーンマザー(エリザベス王太后)の 専属騎手を務めることになったフランシスならでは、ですね。英国社会や英国気質を知る上でとても参考になります。

 フランシスの競馬ミス テリーは43作。そのうち、シッド・ハレーを主人公にしたものが『大穴』『利腕』『敵手』『再起』の4作、キット・フィールディングを主人公にしたものが 『侵入』『連闘』の2作。総勢39人の現代の騎士たちの活躍を、未読の方はぜひ目にしていただきたいと思います。

 2000年以降、作品が発表されなくなったので、覚悟はしていたんですけどね。'06年に息子さんとの共著で『再起』が、それからも『祝宴』『審判』『拮抗』と出版されたので、ほっとしたりしてたのですが……。
 訃報を聞いて「年齢的には大往生」と思いつつも、もやもやと気が晴れません。夏夕介に引き続いてだからかなあ。それとも、ここのところ名を知る方々の訃報が続くからでしょうか。切ないですね。 
 

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