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映画、コミック、本から、お薦めものをピックアップ!

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# 幕末に吹く新時代の風! 神社にまつわる時代小説『ゆめつげ』

 4、5年前に「時代小説ブーム」と聞いた気がするのですが、今も続いているみたいですね。書店に行くと時代小説を集めたコーナーが設置されていますし、新刊も平積み、棚にあっても面出し率が高い。もともとブームだったところに、歴史ブームも加わっていよいよ磐石というところでしょうか。
 池波正太郎、柴田錬三郎、藤沢周平、山田風太郎、司馬遼太郎といった時代小説・歴史小説の大御所に加えて、最近では『バッテリー』のあさのあつこが『弥勒の月』『夜叉桜』を、SF・ライトノベル作家で『蒼穹のファフナー』『シュヴァリエ』『ヒロイック・エイジ』のアニメの原案・脚本でも知られる冲方丁(うぶかた とう)が『天地明察』を発表するなど、意外な作家の参戦もあって、目が離せなくなってきました。

 私はと言うと、時代小説はめったに手に取りません。司馬遼太郎の歴史小説はそこそこ読みましたが、時代小説については、記憶にあるのは平岩弓枝の『御宿かわせみ』シリーズを何冊かと宮部みゆきの『初ものがたり』くらい。事務所の所長には「藤沢周平くらい読め」とよく言われるんですけどね。藤沢周平の美文は、一度は触れておくべきなのだとか。


 さて、年末の帰省のおり、新幹線の中で読もうと持ち込んだのが、畠中恵の『ゆめつげ』(角川書店/角川文庫)でした。氏の代表作『しゃばけ』シリーズのうち『しゃばけ』『うそうそ』がTVドラマ化されたので、ご存知の方も多いでしょう。本書『ゆめつげ』は『しゃばけ』シリーズではありませんが、やはりファンタジーよりの時代小説です。

 黒船来航から10年を数えた、江戸時代末期のお江戸は上野。その片隅に、宮司の父親と禰宜(ねぎ)の兄弟が切り盛りする小さな神社──清鏡神社がありました。兄の弓月はのんびりとしたお人好し。しっかり者の弟・信行は、兄のトボけた言動にツッコミを入れつつも、そのつかみどころのなさを案じています。
 そんなある日、白加巳(しらかみ)神社の権宮司・佐伯彰彦が訪ねてきました。極上の社格を誇る神社の権宮司の来訪を訝しむ父子に、彰彦は夢告を依頼します。実は清鏡神社にも小さなウリがあり、それが弓月の夢告こと夢占いでした。精神統一することで神鏡に夢を結び、それを読み解くのです。ただしその神託は的を外してばかりで、故に氏子しか知らない「小さなウリ」だったのです。
 彰彦に見せた夢告も、的外れな結果に。しかし彰彦は白加巳神社でもう一度占ってほしいと言います。本殿の修理にも事欠く清鏡神社。弓月は屋根の修理代と引き換えに、大物札差(ふださし)の行方不明の子どもについて占うことに……。

 既読の『しゃばけ』でも感じましたが、畠中氏はまず導入部分が上手い! 禰宜の兄弟が辻斬りに襲われる、たった5ページの緊迫感に満ちたシーンのなかで、黒船来航後の幕末であること、浪士による辻斬りが横行していたこと、そして禰宜兄弟の人となりまで、読み手に伝えてしまいます。
 今は何年何月で、場所はどこで、その時代の世情はどうで、登場人物の容姿性格はこうで、などと説明文で行を埋めなくても、事件と同時進行で物語世界を表現してしまえるという、これはいいお手本です。

 また、古い言葉遣いやセリフ回しを多用していないにもかかわらず、江戸時代に生きている人が話しているように感じられるところもさすが。それは、登場人物の立ち居振る舞いや価値観が、現代ではありえない、時代という枠の中にきっちりはめられていてブレがないから。また、建物や小物、着物などの風俗に、時代が吟味されているから。
 私は江戸時代をよく知りませんから卑近な例で言いますと、昭和40年代前半までの低所得者向けアパートで、部屋の電話が鳴る描写はおかしい。当時は電話加入権が高額だったので、たいていの店子は電報か大家の電話を使っていましたから。今は希少になったであろう「呼び出し電話」ですね。
 そういうレベルでの「あれ?」と引っかかるところがないというのは、その文章が書かれるまでに膨大な調査があったということ。畠中作品のいいところは、調査した事柄をいちいち得々と書いてしまわないことですね。知識も情報も文章をつくるための材料に過ぎず、どんどんそぎ落として、知識とも情報とも感知できないように埋没させてしまう。「引き算の文章づくり」は、つい衒学に走る私などは見習うべきところです。

 とは言っても、時は幕末、舞台は神社です。当時の神仏習合の実態、やがて明治政府が発布する「神仏判然令(神仏分離令)」や神官・社家の世襲を禁止し、政府任命の神職が神社に奉仕することになる「太政官布告」を予感しての、神職たちの不安や動揺がかなりリアルに描かれていて、思わぬところで勉強になりました。
 幕末の「浪士の辻斬り」も、これまでは新選組や新徴組と尊皇攘夷浪士や不逞浪士との戦いの狭間で起こったことのように感じていました。でも辻斬りに襲われた弓月と信行の必死の逃走に、江戸の町人にとっては、当然のことながら、恐怖以外の何ものでもなかったよなあと見方が変わりました。

 物語が進むにつれて、弓月から立ち上る血臭が強くなってきます。弓月が夢告をしないと事態が進まないという、ストーリー的に平板に陥りそうなところ、血の色と匂いがおどろおどろしくも危機感を高めていきます。
 白加巳神社の付近で辻斬り浪人が消え、境内で人が殺される……。謎もどんどん増えますが、最初に提示された「行方不明の子どもの謎」が、敷かれた伏線の集束するところで解決されるのが気持ちいい(途中で◯◯トリックと気づきましたが、意外に思う部分もあって、得心の膝打ち!)。手馴れた物語構成は、まさに「信頼と安心のクオリティ」です。

 惜しむらくは、弓月と信行の兄弟のやり取りが物足りなかったこと。弓月の視点で書かれているので、他の登場人物について描ききれないのは仕方がないのですが。いちばん身近な存在で、頼りない兄を叱りつけながらも、その心のあり方を心配しているという(兄弟萌えにはたまらない)設定でもあるのだから、そのあたりをもう少し掘り下げてほしかったですね。弓月の思いの比重が彰彦に傾いてしまったのがちょっと残念。

 あと、白加巳神社の境内の見取り図が欲しかった! 小説を読んでいて、なにかしらの絵図が欲しいと思ったことなどありませんが、『ゆめつげ』に限っては「建物の位置関係がわからない」と頭を抱えてしまいました。参詣したことのある神社の記憶を呼び起こしながら、「拝殿がこのへんにあるとすると、庁屋はこの位置?」「水堀って、東殿とどういう位置関係?」などなど想像しましたが、見取り図があれば、この苦労は無用だったはず orz。

 ま、そんなことは枝葉末節。最後はサイキック弓月のパワー全開で、余韻のある引きもいい。時代小説入門に適した作品だと思います。未読の方は、ぜひご賞味あれ。


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# カラヴァッジオ→レンブラントもいかがでしょう?……『レンブラントの夜警』
 
 カラヴァッジオについてのエントリーを書きながら、思い出されてならなかったのがレンブラント(レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン)のことでした。
 スポットライトを当てたかのような光と影の効果、日常のワンシーンを切り取ったかのような動きを感じさせる画面と美化のない写実的な人物描写、さらに感動が計算された演劇的な演出……とくれば、レンブラントでしょ。実際、『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』のキャッチコピーは、「16世紀イタリア バロック絵画最大の巨匠 彼がいなければレンブラントはいなかった」ですからね。

 カラヴァッジオほど破天荒ではありませんが、レンブラントもまた「天才」「巨匠」と讃えられながら、転落の人生を辿った人物です。そのきっかけとなったのが、一枚の絵。1642年に手がけた、今では彼の代表作とされている『夜警(フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ラウテンブルフ副隊長の市民隊)』でした。いったいこの絵のなにが、レンブラントの破滅を招いたのか。
 その謎に挑んだのが、2008年に公開された映画『レンブラントの夜警』。監督はピーター・グリーナウェイ。そう、あの『英国式庭園殺人事件』の監督です。

 『英国式庭園殺人事件』は、1982年に製作された、グリーナウェイ監督の長編映画の第1作。17世紀末の英国を舞台にした、風変わりな作品です。
 ウィルトシャーのハーバート屋敷に招かれた画家ネヴィルは、ハーバート夫人から、14日間ほどの夫の留守中、夫自慢の英国式庭園のあちらこちらを12日間で12枚の絵に描いてほしいと依頼されます。礼金はもちろん、夫人との情事も契約に含めたネヴィルは、1日目に12枚の絵それぞれの場所と構図を決めました。ところが、2日目から妙なことが起こります。前日になかったものが、何者かの手で12の場所に置かれていくのです。壁に必要のないハシゴ。木の枝にハーバート氏の切り裂かれたシャツ。芝生の上に氏の乗馬靴、マント、馬の鞍。そして、氏の愛馬の死体。それらはハーバート氏の死を思わせますが、ネヴィルは気にとめることなく、画面にそれらを描き込みながら作業を進めます。そうして、12枚の絵が仕上がったとき……。
 確かに「殺人事件」ではあるのですが、その謎を解くミステリー映画ではありません。見終わったとき、邦題に騙されたと思いましたもん。普通、このタイトルから想像するのは、解決込みの推理モノだと思いませんか!?
 なんと言うか、寓意画ができあがる過程を見せられたような気分になりました。映画のジャンルとしては、アラン・ロブ=グリエの脚本をアラン・レネが監督した『去年マリエンバートで』と同じところにカテゴライズされるかもしれません。映像美と「不条理美学の極地」という点で。

 もともと画家を志し、美術学校に通いながら映画を撮影していたというグリーナウェイ監督。絵画的にいちばん影響を受けたのが、17世紀オランダ絵画だそうです。まさにレンブラント、フェルメールの時代ですね。『レンブラントの夜警』では、レンブラントの絵画さながらに、光と影の効果を最大限に活かした映像を見せてくれます。さらに、レンブラントの絵の描き方もわかって、「あの作品はこうして生まれたのか!」という、ドキュメンタリーを観ているような感動もあり。
 『英国式庭園殺人事件』とは違って、監督の解釈で一応の謎解きもされているのでご安心あれ。むしろ安心できないのは「ここまで描くか!?」という部分で、他人様の赤裸々な私生活を覗き見しているような気分になりました(R-15指定です)。

 ……記憶を辿れば、リリアーナ・カヴァーニ監督の『ルー・サロメ 善悪の彼岸』もわりと赤裸々映画だったなあなんて思い出したりして。1977年公開の作品で、ロシア生まれの女流哲学者ルー・サロメと哲学者フリードリッヒ・ニーチェ、ニーチェの友人でやはり哲学者のパウル・レーの、理想の「聖三位一体」なる三人暮らしと、その崩壊を描いたもの。ドミニク・サンダが蠱惑的なルーを演じていました。
 日本で上映されたのは1985年。その際、40カ所以上が修正されたそうです。私がなぜこの映画を観たかというと、麻薬が見せる幻覚が映像化されていたから。この作品も、絵画的な映像美にあふれています。DVDはノーカット版でR-18指定ですが、『レンブラントの夜警』がOKな方はこちらもいかがでしょう。


映画『レンブラントの夜警』オフィシャルサイト
http://eiga.com/official/nightwatching/

 レンブラントの作品については、以下のサイトで見られます。
「Salvastyle.com」レンブラント
http://www.salvastyle.com/menu_baroque/rembrandt.html


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# ディオニソス的画家カラヴァッジオに迫る映画……『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』

 本日の『美の巨人たち』は、カラヴァッジオ(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオ)の「聖マタイの召命」でした。

 私はギリシア・ローマ神話に登場するディオニソス(バッカス/バッコス)神が好きです。酒神だからじゃないですよ(笑)。この神は、ゼウスと人間の娘セ メレとの間に生まれた「半神」で、炉の神ヘスティアに譲られて「オリンポス十二神」に加わりました。炉(家庭・保守)が酒(宴・酩酊・感情と感性の開放) に座を譲り、アポロン(理性)と同格の神となった過程がおもしろいと思うのです。
 ちなみに、アポロンは人生あるいは芸術において秩序・精神的存在・進化を、ディオニソスは渾沌・自己消滅・退行を表わすとされます。
 ゼウスの妻ヘラの嫉妬から発狂させられ、人間界を放浪していたディオニソスは、小アジア(アナトリア)の大地母神キュベレーに出会って狂気を癒され、 キュベレー祭祀の秘儀を授けられます。ディオニソスを「東方からの外来神」とする説もあり、彼の存在は古代ギリシアと小アジアの関係性を示唆すると言われ ています。
 さらに、ヘラの命令を受けたティターンに八つ裂きにされ、蘇った「復活神」という逸話もあり、「死」を通過儀礼(イニシエーション)として神格を得るという、“近代的”な成立過程を経た神とも考えられます。
 とにかく「オリンポス十二神」の中でおそらくいちばんエピソードが多い神であり、神でありながら自身の死、母の死、信者による敵対者の殺戮といった、 「死」をまとわりつかせている、不思議な存在。そして、その復活が人類誕生の契機になったという、オルフェウス教の神話の基ともなった「生」なる存在でも あります。
 ギリシア神話における、「神々の黄昏(ラグナロク)」のロキのようにも感じられて、昔から私の興味をそそってやまない神様なのです。

 そんなわけで、欧米の美術館でまず見入ってしまうのが、ディオニソスをテーマにした絵画・彫刻なんですね。髭面のオッサンから美青年、両性具有的な美少年までそろっておりますよ。
 なかでも印象的だったのが、カラヴァッジオの2作品。フィレンチェのウフィッツィ美術館にある「バッコス」と、ローマのボルゲーゼ美術館にある「病める少年バッコス」。
 「バッコス」は、顔がすごく東洋的というか、日本の飛鳥美人に似てるなあと思ったんですよね。豊かすぎる黒髪に黒葡萄、黒に近い赤ワインといった、黒のアクセントが効いた絵。観る者に差し出されているようなワイングラスに添えられた手の、小指がなんとも色っぽい。
 「病める少年バッコス」を観たときは、「これがディオニソス?」と驚きました。当時はカラヴァッジオの自画像とは知らなかったので、「ディオニソスをこ んなふうに病的に描いた絵は初めて見た。わざわざ変な絵を描く人だなあ」と、はっきり言って気持ち悪い絵だと思いました。
 後にカラヴァッジオの経歴を知り、なるほど自身をモデルにディオニソスを描いたのは、「自分はディオニソス的な画家だ」ということを表現したかったのかと納得しました。

 カラヴァッジオという画家について驚愕したのは、どんな大作でも、下絵もデッサンもなしに描き上げたということです。彼は、アトリエに友人たちや町で目 に止まった人を呼んで、頭に描いたシーンのとおりに配置し、ポーズしてもらい、それを直接キャンバスに描いていったんですね。恐るべき空間把握力、画面構 成力だなあと、「天才」としか呼べないなあと驚嘆しました。
 また、静物に見られる写実には目を見張るものがあり、特に葡萄の房を描かせたら、この人の右に出る者はいないだろうと思います。
 彼の絵は、よく言われるように、生きて動いている人間の一瞬を切り取ったようにしか見えません。それが、彼独特の光と影の効果でさらに劇的に見えるとい う……。非常な演劇的視点をもった人でもあり、それもまた、演劇を司る神ディオニソスと自身を重ねる理由になったのかもしれません。
 ディオニソス的というだけに、カラヴァッジオの人生には才能の開放と同時に酩酊と死がつきまとっています。39年の生涯で、彼がなにを起こしたのか──。
 端的に言えば、殺人者でありながら、イタリアの10万リラ紙幣にその肖像が採用された人。まさに「ナントカと天才は紙一重」の見本のような……。

 そのあたりを知りたいという方は、2月13日に銀座シアトルシネマで公開される映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』をぜひご覧ください。
 大阪ではテアトル梅田、神戸ではシネ・リーブル神戸、京都では京都シネマ、福岡ではシネ・リーブル博多駅などで順次上映されます。その他の地域、および詳細は、以下のサイトからどうぞ。
 この映画は「カラヴァッジョ没後400周年記念公開」であると同時に、東京都美術館で開催中の「ボルゲーゼ美術館展」に連動しています。興味のある方は、そちらもどうぞ。

※ 冒頭の商品画像は、カラヴァッジオ関連書籍のものです。


「美の巨人たち」サイト
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/

映画『カラヴァッジョ 天才画家の光と影』オフィシャルサイト
http://caravaggio.eiga.com/

「ボルゲーゼ美術館展 ラファエロ《一角獣を抱く貴婦人》」サイト
http://www.borghese2010.jp/

 カラヴァッジオの作品については、以下のサイトで見られます。
「Salvastyle.com」カラヴァッジョ
http://www.salvastyle.com/menu_baroque/caravaggio.html

「ヴァーチャル絵画館」カラヴァッジョ
http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/C/Caravaggio/Caravaggio.htm


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# 映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』は大スクリーンで!
 
 今年7月からロンドンのザ・O2アリーナで行われるはずだった、マイケル・ジャクソンの「This Is It」コンサート。1996年9月7日〜1997年10月15日の「HIStory Tour」から13年ぶりになるはずだった、この果たされなかったコンサートのリハーサル風景をまとめたものが、映画『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』です。
 マイケルが個人的な記録として撮影していたというビデオ映像から、4月から6月まで百時間以上に及ぶリハーサルや舞台裏のようすが、コンサートの監督でクリエイティヴ・パートナーだったケニー・オルテガの手で編集されています。

  ドキュメンタリー映像ということで、映画としての抑揚に欠ける冗長なものになってるんじゃないかとか、スタッフやファンのマイケルを惜しむ声が挟まれた 「やりすぎ」感あふれるものになってるんじゃないかとか不安を感じつつも、レディースデイ目指してオンラインで座席指定予約までしてしまう……この熱心さ が仕事でも発揮できたらいいのに orz。
 さすがレディースデイ。新宿ピカデリーのメインスクリーンはほぼ女性で満席でした。

  さて、実際に観てみると、私の不安はまったく的外れなものでした。リハーサル風景だけに焦点を絞り、感傷的な画像は一切なし。おそらくコンサートのプログ ラムと同じ曲順で、マイケルの歌とダンス、バックダンサーたちのパフォーマンス、プレイヤーたちの演奏、バックスクリーンに映し出されるはずのCG映像な どが、みごとに編集されていました。1時間51分があっという間です。
 「マイケルの死」の匂いを完全に廃し、なにも足すことなく、まるでライブ PVのようにこの映画を仕上げたことことこそが、オルテガ監督の「This Is It」コンサートへの、そしてなによりマイケルへの愛情と尊敬と哀惜の表れのようで、むしろその想いに打たれました。

 鑑賞するうちに、私がマイケルの歌から遠ざかったのは「Heal the World」(1993年)あたりからだったかなあと思い出しました。
  世代的なことなのか、地域的なことなのか知りませんが、小・中学校のころ、とにかく「戦争は悪いことだ」「公害は起こしてはならないことだ」と叩き込まれ たんですね。戦争だって、公害だってよくない。それはもうね、よくわかっています。ただ、あまりにもしつこく言われると、だんだん「それを起こしたのは、 誰だ。私らかい? 『過ちは二度と起こしませんから』はそのとおりで結構だけど、それを戦争を知らない世代に、この国が嫌いになるほどに、この国には正義 も未来もないと感じてしまうほどに繰り言するあなた方は、結局なんなんだ」と、まあ、反発心のほうが強くなってしまったわけです。年齢的にも反抗期ですし ね(笑)。
 そんな素地があったがために、「Heal the World」を聞いたとたん、説教がましく思えて拒否反応を起こした、と。また、幼い子どもを登場させるという演出にあざとさを感じなかったと言えば、ウソになります。
  それまでは同じ目線に立っていてくれたマイケルが、急に高みに行ってしまったというかね。「起こしたいがために戦争を起こし、利益を追求するためには公害 を垂れ流してもなんとも思わない。自然を破壊し、自分以外の人間を苦しめることしかしない、浅ましいばかりの国。この国を愛してはいけない」と教育されて きた私に、あなたまでダメ押しをするのか、とね。

 今から思えば、長らく中二病的にふてくされていたなあと思います(笑)。しかし日本を 離れるという経験をしなければ、今でも精神的に亡国の民だったかもしれません。人によるでしょうけれど、それほど子ども時代の教育というのは根深いものが あるのです。まあ、現在の教育現場のありさまを母親たる友人たちから愚痴られたり、ニュースで聞いたりするたびに、「私の悩みはなんだったんだ」と虚しい 心持ちになりますがね。っと、話がそれました。

 映画のなかで「Heal the World」と同じ流れのなかにある「EARTH SONG」(1995年)を聴いても、もう拒否感は覚えませんでした。やはりこのテの楽曲の演出にあざとさは感じてしまうのですが、それ以上に、きれいな 旋律と最高に美しいマイケルの歌声が堪能できるこの曲との出会いが遅すぎたことを悔やむばかりです。

 映像のなかのマイケルは、50歳とは思えないほど、キレのいいダンスと低音高音自由自在の歌唱力を見せつけてくれました。
  「観客を今まで見たことのない世界へ連れて行く」。その到達点を目指して、「かっこいいポーズ」「美しいシルエット」と彼が計算するままに動き、止まる、 鍛錬され、完全に制御されたマイケル自身の肢体。自分が欲しい音、欲しい光景が明確なうえ、それを他人にきっちりと伝えられる表現力。「ああ、これが『舞 台の神』というものか。見る者すべての視線を集中させ、自分の世界に巻き込んで陶酔させてしまう。なるほど、多くの人が彼と仕事をしたいと願う所以か」と 納得しました。「KING OF POP」の名はダテじゃありません。
 ところどころ、なんとなく苦しそうだったり、思いどおりにいかないことに イラついてるようすも見られるのですが。マイケルのちょっとした気分の下降やわずかに見せるしんどそうな表情にすかさず反応するオルテガ監督のさり気ない フォローがまたいい感じなんですよ! 「マイケル、愛されてるなあ」と、なんだかほのぼのしてしまいました。

 オルテガ監督ばかりでな く、すべてのプレイヤーが、ダンサーが、照明やエフェクト、衣装や振り付け、CG合成などなどなどのスタッフが、マイケルのために最高のものを創り上げよ うとしていたステージ。現実になったらどんなにすごかっただろうかと、舞台の映像にもはやかなうことのない期待ばかりがつのります。
 「取り返しのつかない喪失」というのが、この世には確かにあるのだと再認識させてくれる映画。世界同時に2週間だけの公開とのことでしたが、延長決定の映画館もあるようです。
 大きなスクリーンで観る価値のある映像です。マイケルファンの方はもちろん、それほどでもないという方も、ひとりの人間がここまでのステージをつくることができるという、ひとつの伝説を目撃するために、足を運んでみてはいかがでしょう。

 THIS IS IT! ──今が、そのとき!


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# 「あなたはキムタクで・す・か・ら!」……『MR. BRAIN』

  5月から始まった『MR. BRAIN』が最終回を迎えました。「全8話って短すぎます」と感じた、4月から7月に放送されたミステリー・サスペンス系ドラマのなかでは、私好みのおもしろい作品でした。ただ、「九十九です。あの、九十九と書いてツクモと読みます」(だったかな)というセリフを聞くたびに、「いえ、あなたは木村拓哉と書いて、キムタクですから!」とツッコンでました。なんと言うか、全話を通しても九十九龍介というキャラクターが見えなかったと言うか、「すっごく木村拓哉です」という感じだったんですよね。

 たとえば、水谷豊が演じているのはわかっていても、杉下右京は杉下右京だし、左文字進は左文字進だし、草場一平は草場一平だし、そこに水谷豊ではないキャラクターの存在を感じるわけです。どれも小林稔侍の顔なんだけど、窓辺太郎は窓辺太郎であり、五十嵐杜夫は五十嵐杜夫であり、神保徳之助は神保徳之助である、と。ソフト帽にトレンチコートで査察に踏み込む窓辺にも、売り切れ必至の駅弁求めて右往左往する神保にも、「小林稔侍」を感じたことはありません。渡瀬恒彦は演じる役柄が似ているせいか、鳥居勘三郎と夜明日出夫と加納倫太郎がときどきかぶるのですが、それでも「渡瀬恒彦ではない人たち」です。
 風貌のインパクトが強すぎて、どのドラマでも「あ、いるいる」と目が行ってしまう、「インターナショナル蟹江」こと蟹江敬三でさえ、袴田俊郎は「このクソオヤジ」だし、須藤正次は「もう、須藤さんっ!」だし、中天游は「せ、先生!」だし。
 九十九龍介のようなマニアックな変人というところでは、探偵ガリレオこと湯川学も相当なものでしたが、そこに「福山雅治」を感じたことはなかったんですよね。むしろ「ああ、なるほど。『探偵ガリレオ』ってこんな人かあ」と、人物像が明瞭になりました。

 なのに、『MR. BRAIN』においては「キムタクが変人の役をやっている」としか思えない。これは科学警察研究所のメンバー全員に言えることで、「ああ、爆笑問題の田中裕二がいる〜」「トータス松本は身体もでかけりゃ態度もでかいな。それにしてもいい声ですよね」「なぜそこまでもてない男のステレオタイプなんだ、設楽統!」というアリサマ。正月番組の『新春かくし芸大会』で有名人が意外な役をやってみました(実は演技もできるんです)的な……言ってしまえば、役になりきることより、この人がこんな役を演じているということが見どころという、学芸会に似たノリだなあ、と。
 対して、警視庁側の香川照之や水嶋ヒロ、そして市川海老蔵は、すごく丹原朋実だし、まったくもって林田(リンダ)虎之助だし、すべての登場人物を食うほどの存在感をもった武井公平でありました。刑事コンビには科警研メンバーに通じるコメディ要素も入っていたはずのに、キャラクターがしっかり立ってましたよ。……ひとつのドラマのなかで、なんなんだろう、この差は。
 考えてみるに、制作サイドが演者の個性をキャラクターに反映しようとして、やりすぎてしまったのではないか。そもそも九十九龍介に元ホストという設定はいらなかったと思うのですよ。なんだか「木村拓哉が九十九龍介を演じているのは、彼に元ホストという設定があるからです」と言いわけされてる気がする。いいじゃん、ひとりの男が事故って、そのために脳機能が特異になっちゃった、で。木村拓哉は、ごちゃごちゃと社会的な肩書きのつかない、普通の人を演じるほうがうまいんだから。私が彼の演技に「いいなあ」と注目したのは、『ギフト』と『眠れる森』だもん。

 物語も全8話を俯瞰した構成もよく考えられていたし、人情に頼らず、科学的に犯人を追いつめていく過程にも好感がもてました。「事件」という事象のなかで、派手な部分と意外な部分と「そうだよね。そうなるよね」という予定調和的なところの配分もちょうどよかった。惜しむらくは……というところで、80点かな(笑)。


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# 腑甲斐ないファンでごめんなさい……『XAZSA(ザザ)』

 仕事で資料として必要な雑誌のバックナンバーを探すために、渋谷のまんだらけと池袋のまんだらけとK-BOOKS、ついでにアニメイトを回りました。
 渋谷のまんだらけの近くにある古書店にもダメ元で寄ってみたら、探しているものはありませんでしたが、若木未生の 『XAZSA メカニックスD』(集英社/コバルト文庫)を発見しました。うわあ、出てたんだーっ! 奥付を見たら、2000年6月の発行。時期的に絶版になってる可能 性もあるので、即確保。105円だもの。書店で見かけたときに買い直しても惜しくない値段です。

 シリーズものがほとんどの若木氏の作品のなか で、「ハイスクール・オーラバスター」シリーズを長らく追いかけていました。水沢諒くんが好きで好きで……。過去形なのは、徳間書店デュエル文庫から出た 『オーラバスター・インテグラル 月光人魚』を買い逃したからです。いつの間にやら出版されて、いつの間にやら絶版(重版未定)に。外伝とは言え、なんてこったい orz。
 で も、若木作品のなかでいちばん好きなのは短編連作の『XAZSA』なんです。ですから、久しぶりにザザ野ザザ太郎ことXAZSA(ザザ)や京平さん、真砂 くん、シグマ、ゼロ、お嬢の物語を読んで、長く会ってなかった旧友に街で偶然再会したような、懐かしくもうれしい気分になりましたv 京平さんじゃないけ ど、「ひどく遅くなってごめん。俺は腑甲斐ないダンナで、二年も君を置き去りにしたけれど」(2年どころじゃねーっ!)なんてね。

 ギターを弾けなくなったギタリスト・早水京平が夜の都会で出会ったのは、「人間になりたい」と願う機械人間(マシノイド)、ザザだった。
 現代版『ピノキオ』か「ピグマリオン」かという感じですが、物語自体がふんわりと手のひらで撫でられるようなやさしさに満ちていて、なにかが癒されたような読後感があります。
 みんな、だれかのためになにかをしたいと思う。それぞれに想う人がいて、その人のために自分を変えようとまで思いつめて、でも一途すぎる想いはすれ違い、哀しみが生まれる。
  若木未生という作家は、現代の「寂しい若者」を描写するのがうまいと思います。自分が言ったことや行なったことを、自分だけの判断で「よかった」「悪かっ た」と決めつけてしまう。「自分が!こうしたからよかったんだろう」「自分が!こうしたから悪かったんだろう」。それを言われた、あるいはされた相手がど う思ったかを尋ねて確認することもなく、「こうしてやったんだから、あの人はうれしいはずだ」と独善的な満足感に浸ったり、全能感を抱いたり、「たぶんあ の人はこう思っただろう」「自分のこと、嫌いになっただろう」「許してくれないだろう」と自己嫌悪・自己否定の深みにはまっていったり。まさにコミュニ ケーション不全と自意識過剰がつくりあげた、世界に<自分>しか存在していない「寂しい若者」たちが、彼女の作品には姿を変え、かたちを変え、多く登場し ます。

 「ハイスクール・オーラバスター」シリーズでは、それが時空を超えて続いてきたトラブルの根源だったりするので、相手を思いやる 気持ちのなかに「自分さえ犠牲になれば」「あの人の幸せこそ、自分の幸せ」という、突き詰めれば自己満足に帰結する感情がある以上、真の解決は遠いものに 思われます。
 「オーラバ」に関しては、若木氏自身がたいへんな深淵にはまってしまったんじゃないかと、ひそかに思ってるんですけどね。「世界は不完全だから美しい」というところで、バランスを保っていくしかないんじゃないかな、とか。
 
  『XAZSA』においては、突っ走る少年少女の独り善がりの思い込みや自意識過剰をへし折る人物が登場します。生活能力ゼロで、職業不定で、元家出小僧 で、自分の「魂」であるギターを弾き続けるためなら人を泣かせても平気とうそぶく自称「冷たい人間」で、心に深い傷を負っている早水京平こそ、その人。こ の世に誕生して3年のザザとか、誕生したばかりのシグマとか、11歳の天才少女とかは、この飄々としていて、軽口が達者で、めったに本当の感情を見せない 20代の青年にかかっては、ひとたまりもありません。主張は論破され、隠していた、あるいは気づかずにいた気持ちをきれいにすくい上げられてしまいます。
 こんがらがってしまった人間関係も、部外者の立場で見渡せば、もつれた根っこが見えてくるもの。そこをきちんと指摘して、真の想いに気づかせることができる京平の言葉がいちいちカッコイイですv
  そうしてお子サマたちを諭すうちに、京平自身も自分の心の傷を癒していくところが最高にいい。失ってはいけないものを失った哀しみばかりで、自身も他人も 見失っていた彼が、義弟の真砂や音楽仲間たちに見守られていることに気づいて自分の存在意義を取り戻し、ザザやシグマに慕われて「人間とはなんなのか」を 考えるようになり、最後には失っても失えないものの存在に気づく。彼の再生の過程は、人間同士の思いやりと語らいこそが人を生きさせてくれるのだと、そっ とささやくように教えてくれます。

 特に『XAZSA ver.2』のクライマックスは、もう「できすぎ!」っていうくらいに快感です!! 初めて読んだときは、「これこそ小説の醍醐味だよ!」って思わず心のなかでスタンディングオベーションしちゃいました。
  『XAZSA』は、人間になりたい機械人間の物語というSFの体裁をとってはいますが、「寂しい若者」たちに「それでいいの? 自分の気持ち、言わなきゃ わかってもらえないよ。相手の気持ち、聞かなきゃわかり合えないままだよ」と問いかけている現代小説のような気がします。


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# 三読目でハマった「萌えの宝箱」……『夏目友人帳』

 アニメ第一期が始まったときは、興味の大きさはアニメ>原作マンガでした。仕事でアニメについての紹介記事を書かなくてはならないという事情もありましたけどね。ところが、昨年9月にアニメ第一期が終わってから、俄然、原作マンガが気になるように……。20年ぶりくらいに「月刊 LaLa」を買っちゃったりしました。
 その作品とは、『夏目友人帳』(緑川ゆき/白泉社 花とゆめコミックス)です。

 はじめて原作コミックを読んだのは、仕事で関わる前。今市子の『百鬼夜行抄』(朝日ソノラマ・朝日新聞出版)に似たマンガがあると聞いて、「それは好みのど真ん中に違いない!」と書店に行きました。当時、3巻まで発行されていましたが、2巻がなかったので1巻と3巻を購入。でも、このときはなんだかピンと来なかったんです。
 まず、キャラクターの立ち位置が『百鬼夜行抄』にかぶるのが気になりました。夏目貴志(夏目)が飯嶋律、夏目レイコが飯嶋伶(蝸牛)、ニャンコ先生(斑)が青嵐、名取周一が飯嶋開というぐあいに。加えて、画面に描かなければいけないところと描かなくていいところの選択、コマ割りによる緩急のつけ方に鈍いものを感じて、物語に素直に入れない。ストーリーは読み切りとしてまとまっているし、感動もできるのに惜しいなと思ったきり、本棚にしまってしまいました。

 その後、アニメ化決定。作品を雑誌で紹介するということで、5巻まで揃えました。ひととおり目を通したのですが、やはりハマれず。しかし、アニメの大森貴弘監督にインタビューした際、「原作を読んでいると、ちょっとしたひとコマに、ニャンコ先生のアップが描かれていたりするんです。…(中略)…『このニャンコ先生の表情の切り取りはなんだろう』ってすごく気になってきて……」(「Charaberrys Vol.5」P.32より)と言われて、「ああ、そういえば、『夏目友人帳』は夏目貴志の視点で物語が描かれているのに、夏目が気づいてなさそげなニャンコ先生の表情のコマが入るよなあ」と気づきました。
 そこでようやく、ニャンコ先生が夏目を見守ると決めたとき、そのベースには夏目の祖母であるレイコへの想いがあったことの裏付けが取れたのです。……私的な解釈のなかでの話ですが。
 1巻を読んだときになにより気になったのが、なぜニャンコ先生が「妖に名前を返す」という夏目につき合う気になったのかということだったんですね。「隙を見て『友人帳』を奪う」「隙を見て夏目を食う」「暇つぶし」「結界を破ってもらったことの御礼」という動機づけでは、「妖に名前を返せば、『友人帳』が薄くなる(=支配できる妖が減っていく)」というデメリットと引き比べたときに弱いなあ、と。「見届けよう」とニャンコ先生(斑)が言うまでのところで、描くべきなにかが抜けているんじゃないかと思ったことが、「この作品にはハマれそうにない」と感じたいちばん大きな理由だったのです。
 それがまあ、ニャンコ先生ったら、夏目がジタバタしているコマとコマの間でこっそり感情表現をしていたとは、奥ゆかしいったらありゃしない。そういう解釈で読み直すと、ドッジボール2個分の招き猫な体形に似合わぬニャンコ先生のロマンチストっぷりにくらくらキます。いやあ、甘酸っぱいなあ(笑)。

 で、アニメ第一期が終わり、仕事と関係なくなったところで腰を据えて読んでみたら、どっぷりハマッてしまったわけです。5巻を数えるうちに夏目の世界が広がって『百鬼夜行抄』の印象が薄くなったことも一因ですが、同時に夏目が心の動きがどんどんかわいくなっていくのがね……。もうキュンキュンですよっv
 そもそも、私、子どもが大人に守られるという物語は大好物です。親子や祖父母と孫といった「血縁関係もの」も好きですが、寄る辺ない子どもが赤の他人である大人に守られるというのに、すごく弱い。とっても弱い。それも、ひたすら庇護を求めるだけの弱い子どもではなく、なにかしらのポテンシャルを秘めていて、それがチラチラ垣間見える、本人は「守られたい」とはまったく思っていない、ちょっと生意気なくらいの子どもがツボです。口先と行動力は一人前だけど、経験値の低さからくる猪突猛進と迷走を遺憾なく発揮する子どもを、大人がフォローしてやるという図にたいへん萌えます。大人のほうは、積み重ねてきた経験の分、余裕をもって子どもにつき合える、大人らしい大人であることが条件です。

 作品中、ニャンコ先生は、夏目の言動に対して「阿呆」「またお前はやっかいなことに首つっこみおって」とは言っても、「我がままだ」と返したことはなかったと思います。そこが好きです。他人の行動を「我がまま」と感じるのは、「自分はその行動を容認できない」ということですよね。「容認できないけど、我慢してやるんだ」という、自分基準の上から目線が働いている。
 夏目がなにをしても、それを受け入れて、必要なときにはフォローに入る。悪態をつきながらも、決して夏目に「我がまま」という言葉を投げかけないニャンコ先生に、私は理想的な「大人の余裕」を感じます。
 藤原夫妻も夏目に「我がまま」と言ったことはありません。でも名取は冗談に紛らわせつつ「我がままだなぁ」と言っちゃう(柊が代弁したりね)。名取、まだ23ですからね。
 たぶん意図されてのことだと思います。そういう繊細な言葉の選び方が好ましいです。

 幼いころから、目にしているものが人間なのか妖怪なのかわからないほど、はっきりと妖怪の姿を見てきた夏目(映画『シックス・センス』のコール・シアーの視界に近いとしたら、かなり怖い)。ふつうに見えるソレをふつうに口に出せば、周囲の人から「ウソつき」と言われ、親がいない孤独から構ってもらいたくて怖いことを言うのだろう、親戚中をタライ回しにされて情緒不安定になっているんだろうと、軽蔑され、いじめられ、忌避される始末。
 それまで引き取らざるをえない荷物として家から家に受け渡されてきた彼が、ついに出逢ったのが、「私たちの家に来てくれない?」と声をかけてきた藤原夫妻。生まれて初めて存在を望まれた夏目は、「藤原家では妖怪が見えることは言わない。夫妻を怖がらせるようなことは絶対にしない」と誓い、妖怪絡みの出来事に巻き込まれても「なんでもありません」とウソをつきます。それは学校でも同じで、妖怪の存在を感じてしまう田沼と先祖が陰陽師で妖怪にくわしい多軌以外の友人には、挙動を不審がられてもごまかしています。
 しかし、藤原家のある土地は、「友人帳」の元の所有者であり、妖怪に名を知られたレイコが住んでいたところ。今まで以上に妖怪に絡まれるはめになった夏目は、そろそろウソでごまかしきれなくなってきているようです。「何やってんだ」って北本と西村に怒られちゃいましたよ。

 藤原夫妻や名取の自然な気づかいに「ウソをつくのか、この人たちに」と惑い、初めて友人に庇われたことで「幸せなんだ。どうすればいいんだろう」と布団のなかで泣いてしまう夏目。カイの件では、離れて行く人の背中を追いたいと思うことのなかった自分は、仲直りの方法を知らないのだと愕然とします。
 孤独で頑なで自己否定ばかりだった夏目の心が、どんどんやわらかく広がっていくのが心地いいです。人のやさしさに驚いて、顔を赤らめて、素直な表情を見せた挙げ句に泣いちゃうような夏目がほんとにかわいい。

 一方、拳ひとつで妖怪を退けてしまう、レイコ譲りの強力な妖力と、妖怪たちを支配できる「友人帳」をもつ夏目は、妖怪祓いを生業する呪術師たちのリーダー的存在である的場に目をつけられたようで、こちらの展開も目が離せません。

 とりあえず7月3日発売予定の『夏目友人帳』8巻は、文化祭でおめかしする夏目や友人たちに囲まれて幸せな夏目や田沼のために奔走する夏目がいっぱいで、夏目と藤原夫妻の出会いもあって(たぶんそこまでの話が収録されるはず)、キュンキュンすること間違いなし。もちろんニャンコ先生の中年妖怪的な魅力もむんむんなので、みんな、買えばいいと思うよ! ほとんどの話数を「LaLa」で読んじゃった私も買いますとも。2話分ほど買い逃してるし orz。
 ずいぶんな回り道をしてハマッた『夏目友人帳』。一読して「ツボと違う」と思った作品も、再読してみれば、案外「萌えの大漁船」だったりするかもしれません。


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# 日常を離れた「ひと夏のできごと」……『FLY, DADDY, FLY』

  すごくシンプルだけど、元気が出る作品です! セットのチープ感といい、単純なストーリー展開といい、漂う雰囲気といい、シリアスとコメディの境い目の曖昧さといい、B級チックな匂いがぷんぷんするのですが、堤真一と岡田准一というふたりの俳優の存在感が「映画」に完成させています。

 ひとり娘が、高校生でボク シングチャンピオンの石原に殴り倒された! 病院に駆けつけた鈴木(堤真一)は、重傷を負った娘をいたわるよりも先に、そんな事態に陥ったことを責めてしまう。さらに、石原は名門校 に通う名士の息子で、校長も担任も金で片づけようとする。彼らに抵抗できなかった鈴木は、娘からも妻からも冷ややかな目を向けられることに……。
 外に怯えて病室から出られなくなった娘と黙々と娘に付き添う妻に顔向けできるようにと、鈴木は刺し違える覚悟で石原の高校へ殴り込むが、そこは落ちこぼれが通う三流高校だった。
 高校を間違えるという失態に決死の思いも霧散し、落ち込む鈴木。しかし、そこで小柄な体躯や年齢からは想像できない驚異的な戦闘能力を誇る朴舜臣(パク・スンシン/岡田准一)という少年に出会い、成り行きで彼から闘い方の手ほどきを受けることになる。無茶とも思える特訓を課せられるうちに、鈴木は、クール&クレヴァーな舜臣が秘める、理不尽な暴力に命を奪われそうになり、「守ってくれる父親」を求め、あきらめた過去を知る。舜臣もまた、娘のために、出世の道を投げ出し、自尊心を折ってもがんばる鈴木の姿に、次第に心を開いていく。
 そして、ついに高校生ボクサー・石原とサラリーマン・鈴木の対決の日が来た!

 とてもきれいな大団円を見せてくれる、イヤな後味が残らない映画です。特に舜臣の「鷹の舞」と鈴木が最後に走って行くシーンは必見! まさに「FLY!」。
 どこかノスタルジーを感じる「青春の1ページ」「夏休みのできごと」的なところが、なんとなく『木更津キャッツアイ』に通じるような気がします。


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# 幻月の光が結び合わせたふたり……『幻月楼奇譚』

 「Chara」2009年2月号(徳間書店刊)を購入しました。約1年に一度掲載される、今市子の『幻月楼奇譚』のためです。今のところ、単行本化を待ちきれず、雑誌を買ってしまうほどにのめり込んでいる作品はマンガも小説もないのですが、『幻月楼奇譚』は特別です。コミックにまとめられるのは何年先かという状態ですから orz。
 ある書評サイトで、この作品のほぼ年一連載について「今市子は自分のなかの時間の流れを早くしてください!」と書かれていましたが、まったくそのとおりと言いたいです。

 昭和初期に近いいつかの時代を舞台にした、このシリーズの主人公は男性ふたり。
 江戸時代から続く高級味噌屋の若旦那、鶴来升一郎は世事に疎く、言動がどこか素っ頓狂。上背のある美男子で、容姿に惹かれる女性は数多。絵画、工作、歌舞音曲など、なにをやらせてもそこそここなすが、こなせるがためになにごとにも情熱がもてない。亡父の跡を継いで鶴来屋の主人となるものの、商売にも熱心になれない。
 コミック第1巻に収録のシリーズ初期作では、そんな升一郎が実はなかなか食えない性格をしており、それに吉原遊郭の幇間(ほうかん/たいこもち)の与三郎が振り舞わされるというお話でしたが……。「与三郎(切られの与三)」というあだ名の由来となった身体中の刀傷の因縁話が描かれたあたりから、与三郎のキャラクターがぐっと立ってきました。
 「お前に味噌屋の主人なぞ務まるもんか」と父親に笑われたことが心に刺さり、「やりたいことがなにもない」と嘆息する升一郎。そんな彼が、「幻月」の光の導きか、初めて興味をもったのが、長唄・三味線がからっきしダメで、得意は怪談の語り聞かせという三流幇間の与三郎。過去に全身に刀刃を浴びて長く生死の境をさまよった彼は、今なお片足を冥府に突っ込んでいるのだとか。故に目に見えないものが見えるため、そこからネタを拾って、仕立てた怪談を“売り”にしています。
 言動が率直すぎて世間知らずに見える升一郎ですが、かなりの頭脳派。愛憎の修羅場をくぐり、吉原という苦界を泳ぎ渡ってきた与三郎も、(主に悪知恵的な意味で)頭が切れます。すべてを語らずともツーカーで話が通じる(おかげで、読む側には脳内補完が必要なときが……(笑))ふたりが、人ももと人であった者も訪なう吉原の茶屋「幻月楼」とその周辺で起こる不思議な事件に関わったり、解決したりしていきます。

 常に升一郎が一方的に与三郎に言い寄っている態ではありますが、話数を重ねるに連れて、与三郎も徐々に絆(ほだ)されてきたようす。まあ、其ノ一から幻月楼では「升一郎は与三郎の情夫(いろ)」と公認されていますけどね(笑)。

 さて、『幻月楼奇譚』其ノ十です。まずは「そうかあ。ようやく10話になったかあ」と感無量でした。そんな作品、ほかにはありません orz。
 これまで、升一郎の求愛行動は実を結ばないまでも、いいコンビネーションを見せてきたふたり。しかし、なんと別れたらしいというところから物語は始まります。
 同居する従弟で味噌職人の太郎の見合いに、なぜか熱心な升一郎。一方、与三郎は子どもを拾い、幻月楼の女将に下足番として預けます。一見、まったく関係がないこのふたつの事柄が一本の糸に縒り上がっていくさまは、おみごとさすがの今市子。相変わらず一回読んだだけではわからない部分があって、二度三度と読み重ねて「そういうことか」と得心する次第。今回は、殊になぜ「吉原百人斬り」こと『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)』が関わってくるのかの解釈に悩みました。

 いちばんの見どころは、与三郎が升一郎に啖呵を切る場面。其ノ七では升一郎を食いモノにしようとする彼の悪友にみごとな啖呵を切ってくれましたが、今度は升一郎に向かってですよ。幇間という商売柄に処世術も働いて、ヘラヘラするばかりで真意を見せない与三郎ですが、本気で怒ると、まとう空気がとたんに鋭利になります。その威力、押しの一手の升一郎が近づけなくなるほど(笑)。与三郎のほうが年上ですしね。
 さらに、眼鏡をはずしたら役者顔のご尊顔や、「なるほど。これは升一郎が見たがるはずだ」と納得の寝顔に寝乱れた姿も見せてくれます。
 其ノ七の「吸い付けたばこ」の件やこのたびの貸し座敷の件など、遊郭の流儀や挑発の流し方がわからない升一郎もかわいい。洗練されているのに野暮という抜けっぷりと、去る者追わずで鷹揚なわりに、与三郎にだけは執着する偏りが、升一郎の魅力でしょうか。

 一話完結の事件ものという体裁ですから、続けようと思えば、どこまでも続けられる作品です。気になるのはやはり、二歩進んで一歩下がるような升一郎と与三郎の関係がどうなっていくのか、ですね。今氏の作品は焦らして焦らして最終話でようやくカップル成立という話が多いので、さて升一郎の恋路に決着がつくのは何年先やら。
 そのときが早く見たいけれど、でも長く続いてほしい。次に読めるのは……やっぱり来年でしょうかね。

 コミックスは2巻まで発売中。1巻には其ノ一〜其ノ四、2巻には其ノ五〜其ノ八が収録されています。3巻は2年後かなあ(笑)。
 描写はキスまでですが、ボーイズラブ作品ではありますので、苦手な方はご注意ください。


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# 北原文野の絶版コミックが同人誌も加えて電子書籍に!

 本館サイトでも紹介しています、北原文野のマンガ「<P>シリーズ」(紹介文は本館コンテンツの「趣味話」にあり)。息の長い作品であるだけに絶版になったコミックも多く、シリーズの続きや番外編が描き下ろされた同人誌もなかなか手に入らないという状況にありました。
 それが、なんとまとめて読めるように! 1月9日から順次配信されている「コミックターミナル」の北原文野関連書籍では、商業誌発表作品にプラス、それに関連する同人誌発表の番外編もいっしょに収録されています。価格も1冊420円(税込)とお手頃!
 ただし、対応OSはWindows2000・XP・Vistaのみで、相変わらずMacユーザーは虐げられておりますけどね(苦笑)。

 「コミックターミナル」で配信中の「<P>シリーズ」は以下のとおり。
<Pシリーズ1> 『L6〜外を夢みて〜』
 収録作品:『L6〜外を夢みて〜』『草原の子ども』『残像』

 『L6〜外を夢みて〜』は<P>シリーズの最初の物語。超能力者が「P(混乱させるもの)」と呼ばれ、迫害されるようになるきっかけになった事件を描く。絶版になった同タイトルのコミックの復刻。『草原の子ども』は『L6』に登場するロカルーの子ども時代の、『残像』は『夢の果て』の主人公スロウ・ケアクがその思いで未来と今をつなぐ掌編(どちらも同人誌初出)。

<Pシリーズ2> 『あてどない夜』
 収録作品:『あてどない夜』『7時に迎えが、、』『小さな籠の中』『金色の昼と銀色の夜』『夜明けまで』

 商業誌(「プチフラワー」小学館)で初めて発表された<P>シリーズ。シリーズのメインキャラクターのひとりであるトゥリオ・トールとアリステア・ドーサの邂逅を描く。「ボーイ・ミーツ・ガール」がテーマで、シリーズのなかでは比較的明るく、入りやすいストーリー。別名「アリステア4部作」。プラス、トゥリオとPを助けるレジスタンスとなったスロウの出会いを描いた『夜明けまで』を収録(SG企画の「グループ」初出)。
  
<Pシリーズ3> 『クァナの宴 Vol.1』
 収録作品:『クァナの宴』前編
<Pシリーズ4> 『クァナの宴 Vol.2』
 収録作品:『クァナの宴』後編、『花〜SSPリーによせて』

 <P>シリーズのメインキャラクターのひとりで、Pにとっては「迫害者の総帥」であるゲオルグ3世。その甥であるクァナ・クニヒコを中心とした物語。クァナを通してゲオルグ3世の心の暗部が垣間見られたり、クァナが起こす行動がスロウ&トゥリオやリーとクロスオーバーしたり……。<P>シリーズの各キャラクター、各イベントのピースをつなぐジョイント部分でもあります。『花〜SSPリーによせて』は、PでありながらPを狩る者となったリー・カールセンの哀しい胸の内を綴った掌編(同人誌初出)。

<Pシリーズ5> 『砂漠に花を…』
<Pシリーズ6> 『砂漠の鳥たち』

 収録作品:『砂漠の鳥たち』『SNOW FESTIVAL〜雪の日〜』
<Pシリーズ7> 『砂漠をわたる風』前編
<Pシリーズ8> 『砂漠をわたる風』後編

 切ない話がほとんどの<P>シリーズのなかでも、苦しいほどに切々とPの悲劇を訴えてくるのが、リー・カールセンを主人公とした「砂漠シリーズ」。じわじわと袋小路に追いつめられていくこの感じは、言葉では表現できません。ぜひ読んで味わってみてください。『花』と『鳥』は絶版コミックの復刻。『風』は同人誌で発表されたもの。『SNOW FESTIVAL〜雪の日〜』は、Pが最後に行き着いた逃亡場所である“地上”で「若長老」と呼ばれるアライアンと、<P>シリーズを通じて味のある役で登場するゴディのほのぼのエピソード(同人誌初出)。

 商業誌発表分と同人誌発表分を組み合わせて、「<P>シリーズの年表順に近い構成になっておりますので、普通に読みながら流れがわかるようになっているはず」(「コミックターミナル」編集者・談)とのことですので、初めての方も入りやすいと思います。読みのがした方も、この機会にぜひ!

「コミックターミナル」サイト
http://www.comic-terminal.jp/plaza/exec/top

「コミックターミナル」北原文野ページ
http://www.comic-terminal.jp/plaza/exec/author/search/do?authorName=%E5%8C%97%E5%8E%9F%E6%96%87%E9%87%8E


 マンガのダウンロードサイトとして知られる「eBookJapan」でも、ずいぶん前から絶版のコミックが配信されています。こちらはあくまでもコミック収録分のみ。同人誌の作品は入っていません。1冊315円(税込)。Windowsのみ対応。
『L6―外を夢みて―』 (<P>シリーズ)
『クァナの宴』第1巻・第2巻(<P>シリーズ)
『砂漠に花を…』(<P>シリーズ)
『砂漠の鳥たち』(<P>シリーズ)
『魂を鎮める歌』
『時のほとりに』
『もうひとつのハウプトン』


「eBookJapan」北原文野ページ
http://www.ebookjapan.jp/shop/author.asp?authorid=2130

 「eBookJapan」配信の上記コミックスは「YAHOO!コミック」でも配信されているようです。有効期限(80日)つきですが、1冊294円とお安め。対応OSはWindows2000・XP・Vistaでーす(ヤケ!)。

「YAHOO!コミック」北原文野ページ
http://comics.yahoo.co.jp/list.html?list=author&author_id=kitahara01

 でも、まずは『夢の果て』を読んでもらいたいなと往年のファンは思うわけですよ。やはりここが<P>シリーズのすべてが詰まった原点だと思うので……。
 『夢の果て』は電子書籍にはなっていません。ハヤカワ文庫JA(早川書房)より、全3巻発売中。分厚い文庫サイズで、1冊840円(税込)です。全国書店か、amazonや7&Yなどのネット通販で購入できます。


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